純情エゴイスト〜のわヒロ編7〜
□上條先生はお仕事中
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リビングで持ち帰った仕事をしていたら
「ただいまです!」
野分が帰って来た。
「お帰り。」
パソコンのキーを叩いていた手を止めて野分の方を見ると、野分はドアの前で頬をピクピクさせて固まっている。
「どうした?」
「あ、いえ…酷いことになっているなぁ…と…」
周りを見回して、いつの間にやら資料の山に埋もれていたことに気づいた。
「悪い。すぐに片付ける。」
疲れて帰って来て、部屋が散らかってたらうんざりするよな。リビングは共用スペースなのだから気をつけねーと。
続きは自室でしようと立ち上がると、野分が慌てた様子で止めに入った。
「気にしないでお仕事続けてください。」
「でも…」
「片付けたらヒロさん、部屋に籠っちゃうでしょう?邪魔にならないようにしますから傍にいたいです。」
コイツはまた…
だけど、野分の気配を感じながら仕事をするのも悪くない。
「わかった。邪魔すんじゃねーぞ。」
「はいっ!後片付けは俺もお手伝いしますね♪」
片付けなんて面倒なだけなのに、何がそんなに楽しいんだか。笑顔でブンブンと尻尾を振っている野分を見て苦笑してしまう。
「いいから、荷物置いて手洗いしてこいよ。」
「はい。俺が戻ってくるまでに眉間の皺、どうにかしてくださいね。」
眉間の皺…?
「ヒロさん、凄い顔になってますよ。」
野分は指先で俺の眉間をツンツンすると、クスクスと笑いながら行ってしまった。
前期の講義が始まったので、新入生に舐められないようにと気を張って、いつも以上に厳しい顔をしていたのかもしれない。凄い顔って…
眉間に皺ばかり寄せてると本物皺になるって宮城教授も言ってたしな。
それに男同士とは言えども好きなヤツに『凄い顔』なんて指摘されるのはヤバいと思う。
急いで皺を伸ばしつつ、顔の筋肉を緩めようと努力していると、野分が戻って来た。
「プッ…ヒロさん、頬っぺた思い切り引っ張りましたね。指の跡がついてます。」
「うっ///」
「痛くないですか?」
「大丈夫…」
野分の手が優しく頬を撫でる。温かい…
「あはは…邪魔しないって約束したのにキスしたい気分になっちゃいました。ヒロさんが可愛いことするから。」
「可愛いとか言うな!キスしたら部屋に籠るからなっ!」
頬に触れていた手を跳ね除けると、野分はちょっと残念そうに笑って
「はい。終るまで我慢します。」
ローテーブルを挟んだ左側にペタンと腰を下ろした。
咄嗟に突っぱねてしまったけど…本音を言うと俺もキスして欲しい気分だったかも…いやいや、仕事中に何考えてんだ!!
野分のことは意識しないようにして仕事に集中せねば。
履修登録前のテキストが揃うまでの期間はプリントを中心に授業を進めることにしている。各科目毎に、授業の要点をまとめたプリントと確認テストの問題を作らなければならない。
面倒臭いことこの上ないのだが、去年作ったプリントを使いまわすとかプライドが許さなくて毎年新しいものを作っているのだ。
大学で作っていると自分の研究時間を割かれる上に宮城教授にからかわれるので、こうして持ち帰って作るハメになる。
えっと、確認テストどんな問題にしようかな?専門科目だし、1問くらい難易度高いの入れてみるか。
こんなもんかな。次は般教の古典文法基礎か。初っ端から苦手意識持たれないようにこっちは基本の基本からだな。
えっと、テキストはどれ使うんだっけ?
散らばった本をキョロキョロと見回すと、目的のテキストは野分の足元に落ちていた。
テーブルの下をくぐって手を伸ばす…取れた♪
「ふふっ…あはは…」
何故笑う!?
「ごめんなさい。ヒロさんが楽しそうなので思わず笑っちゃいました。」
「楽しそう?」
「気づいてらっしゃらないと思いますけど、文学のことを考えている時のヒロさんはすごく楽しそうです。」
「そうか?」
研究とは関係ない授業の資料作りとか面倒なだけだと思ってたけど、言われてみるとこういう作業も嫌いではないかも。
「だけど、俺とのデートの時より楽しそうな顔をされるのはちょっと複雑な気分です。文学爆発しろ!って叫びたい気分です。」
「学生みたいなこと言ってんじゃねーよ!バカ!」
コツンと野分の頭を叩くとまた笑いだした。
「おいおい、殴られ過ぎて壊れたのか?」
「いえ、なんだか俺も楽しい気分になってきちゃって。俺、ヒロさんに打たれるとテンションが上がるみたいです!」
「ドMかよ…」
「そうかもしれません。ヒロさん限定で♪」
どうして俺はこんなバカが好きなんだか。
「そう言えば、お前、飯は?」
「病院で食べてきました。ヒロさんはコンビニ物ですね。」
ヤバっ…ゴミの入ったコンビニのレジ袋が置きっぱなしになっていた。
「お握りに、唐揚げ棒に、串ダンゴ…片手で食べられるものばかり買って。」
「パソコン打ちながら食おうと思って。忙しいんだから仕方ねーだろ。」
なんだか母親と息子の会話みたいだ。
「わかりました。暫くは作り置きのおかずに串を刺して片手で食べられるようにしておきます。」
「はいはい。わざわざありがとな。」
おかずに串って…一体何を作るつもりなのやら。串?…くしくしく…シク活用♪
よし、形容詞の活用も追加しておこう。範囲広くなるけど、全部野分の所為だ。
「一般教養科目のプリント、作り終わったら俺にもやらせてください。」
「おう。」
「80点以上とれたらご褒美くださいね。」
「90点以上な。70点以下ならお預けだからな。」
「…頑張ります。」
母親になったり、教え子になったり、ワンコになったり…どんな野分も好きだけど、今夜は恋人になれるように頑張ってくれ。
願いを込めて野分のための特別問題を追加した。
『憎からずの品詞と活用、口語訳を述べよ。』
答えは形容詞「にくし」の未然形+打消しの助動詞「ず」。意味は…野分が俺のことを言う時によく使う言葉。
「ヒロさんはかわいいです♪」
「なっ…いきなりなんだよ///」
「なんとなく、言いたい気分だったので。」
にこにこと微笑む野分に溜息をつきつつも、憎からず思う上條弘樹であった。