純情エゴイスト〜のわヒロ編6〜
□ライバルは研修医?
1ページ/2ページ
今日は仕事を定時で切り上げて、大学時代の旧友達との飲み会に参加している。
社会人になってからは皆それぞれに仕事が忙しく、こうしてゼミの同期が顔を揃えるのは2年ぶりだ。
旧友の一人が九州の大学で講師をすることになったので、送別会を兼ねて久しぶりに集まることになったのだ。
研究者として勤務している者もいれば、未だにT大の研究室に残っている者もいる。
中には志半ばで文学の道を諦め一般企業に就職した者もいるが、こうして皆で飲んでいると昔に戻った気分で立場に関係なく文学の話題で盛り上がる。
最近読んだ本の感想やら、現在手掛けている研究テーマの話、学生時代に世話になった教授の思い出話と会話が弾んでいく。
そこまでは良いのだが…
だんだんと酔いが回ってくると、誰からともなく嫁や彼女に対する愚痴を言い始め…知的な会話はどこへやら、盛大なのろけ話大会になってしまうのだ。
秋彦相手ならともかく、他の奴らに男同士で付き合ってるなんて話ができるわけがなく…
飲み過ぎて理性が飛ばないように酒の量に注意を払ってはいるのだが、それでもうっかり口を滑らせて慌てて誤魔化したことが何度もある。
今夜もそろそろ始まりそうな予感。変なこと言わねーように気をつけねーと。
「うちの彼女さぁ、相変わらず気まぐれで困ってんだよな。オムライスが食べたいって言うからとろふわで美味いって評判の店予約したのに、当日になって急にやっぱタコライスがいいとか言い出すんだぜ。」
ほら、始まった。
「いい加減別れろって。いつまで付き合ってんだよ。」
「それができれば苦労しない。」
文句を言いながらも、気まぐれな子猫みたいなところが好きらしく、かれこれ8年その子との交際を続けている。結婚話が出ないのが不思議なくらいだ。
「俺んとこは最近夫婦の会話が無くてマジでヤバい。昨日、久しぶりにメールが来て『帰りにゴム買ってきて』って言うから薬局寄って期待して帰ったら『それじゃなくてヘアゴム』だって。」
「あー、それよくあるよな!」
よくあるのか!?
女と付き合った経験はないが、俺だったらきっと恥ずかしすぎてパニックになってしまう。
「折口は?相変わらず文学が恋人なのか?」
折口と呼ばれた友人は色恋沙汰には無関心で、研究一筋。今はS大で助教をしている。
「そのつもりだったんだが、先月見合いをさせられて断るつもりで会ってみたら案外良い子でさ。結婚を前提に付き合ってる。」
「マジで!?」
一斉に驚きの声が上がる。
ヤバい!!コイツが残ってるから、この先ずっと独身でもあれこれ言われる心配はないと思ってたのに。なんだか逃げ場を失った気分…
「上條は?前に付き合ってた通い猫ちゃんとはどーなったんだ?」
通い猫…そう言えば、何度か野分のことをそんな風に話したことがあったっけ。
「猫?大型犬みたいだとか言ってなかったっけ?」
「外国の子じゃねーの?日本語通じないってぼやいてたじゃん!」
あれ?俺、野分のこと結構喋ってねーか…?
「ああ、一応日本人なんだが日本語文法がなってなくてだな、犬度は前より上がってるかな。通い猫は卒業して今は一応…同棲してる。」
「へー…じゃあ、結婚も秒読みって感じ?」
「それはない。アイツも俺も仕事が忙しくてなかなか会えないし。」
男同士だし…
「あ!上條の彼女に俺、会ったかも!!」
は!?佐々木のヤツ、いきなり何を言い出すんだ。野分は彼女ではないんだが…
「K医科大で研修医やってるって言ってただろ?小児科だったよな?」
「うん。」
「先週、息子が風邪こじらせて入院してさ。その時に世話になったんだ。確かに女にしては背が高くて大型犬って言えなくもないけど、モデルみたいで可愛い子じゃん!」
一体誰のことを言っているのやら。
「人違いだと思うけど。」
「またー!小児科の研修医、女の子は一人だけだって言ってたし。誤魔化そうとしたって無駄だぞ。」
そうなのか。つーか、小児科に女の研修医がいること自体初耳なんだが…
小児救急では野分が一番下っ端だって聞いてるけど、小児科はまた別なのかもしれない。
「うちのは小児…」
「なに?」
「いや、なんでもない。」
小児救急だから違うと言いかけて、咄嗟に引っ込めた。危ない…小児救急で女医は見たことが無い。
救急医自体が少ないみたいだし、詮索されたら男だってバレてしまう。
ちょっと気分を変えようと冷えたビールをゴクゴク飲んでいると、佐々木が隣に移動してきて
「上條、大きな声じゃ言えないんだけどさ…」
声のトーンを抑えて話し始めた。
「ふざけて『彼氏とかいるんですか?』ってその子に聞いたら『いるけどすれ違ってばかりだから別れるかも』って言ってたぞ。」
あー…よくあるパターンだ。忠告してくれるのはありがたいが、俺には関係ねーし。
「なんか、研修医の先輩のことが気になっててアプローチ中なんだと。」
「なにっ!!」
それって野分のことなんじゃ…
「ひゃっ!おいおい、そんな深刻そうな顔すんなよ。今ならまだどうにかなるかもしれないし、冗談で言ってただけかも…上條?」
「あ…悪い。ちょっとビックリして。」
一気に酔いが覚めてしまった。
モデル体型の可愛い子が野分を…2つ並んだスラリとしたシルエット。野分と一緒にいると目立つんだろうな…患者からお似合いだとか言われてるのかもしれない。
しかも相手は研修医。医学のことも、研修医の苦労も野分と共有できる立場だ。
「ほら、とりあえずもう一杯。こういう時は飲むに限る!」
「ああ、サンキュ。」
継ぎ足されていくビールをぼんやりと眺めながら、当たり障りのない会話をして…不安を紛らわすように無理に笑った。