純情エゴイスト〜のわヒロ編6〜
□野分 記憶喪失になる
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「野分、これは?見覚えないか?」
ヒロさんが手にしているのは去年の誕生日にヒロさんがプレゼントしてくれたジャケットだ。
「ごめんなさい。思い出せません。」
困り顔でそう答えると、ヒロさんはしょんぼりと項垂れてまた俺の部屋に戻って行った。
テーブルやソファーの上に所狭しと並んでいるのは俺とヒロさんの思い出の品々。
お互いに贈り合った物もあれば、俺が密かに隠し持っていた物もある。完璧に隠したつもりだったのに、ヒロさんにはバレバレだったようだ。
それに、意外なことにヒロさんも俺が知らないうちに、七夕の短冊やら、俺が残したメモなんかを取っておいてくれていた。留学中に書いた手紙同様、改めて読み返すと恥ずかしい言葉が並んだものばかりだ。
ちょっと照れ臭いけど、どれも素敵な思い出ばかりで頬が緩みそうになってしまう。
薬指に填められた指輪はヒロさんとお揃い。さっきヒロさんが填めてくれた。
折角のペアリングも填める機会はあまりなくて、ヒロさん自ら俺の指に填めてくれるなんてヒロさんの誕生日以来だ。
嬉しくてにこにこしていると、ドタバタと足音が近づいてきたので慌てて顔を引き締めた。
「これだけは出したくなかったんだけど…」
複雑そうな表情でヒロさんが抱えているのは俺の宝箱。ヒロさんにマル付けをしてもらった問題集や、ヒロさんにプレゼントしてもらった花で作った押し花、初めてヒロさんを抱いた時に使ったティッシュなんかが詰まっている。
ヒロさんにはガラクタ認定されていて何度も『捨てろ!』と言われたけど、どうしても捨て難くて未だに隠し持っている。
「その箱…なんとなく見覚えがある気がします。」
「そうか!捨てなくて良かった〜」
ほっとしたようにそう言って、ヒロさんは宝箱を大切そうに俺の足元に置いてくれた。
「もう捨てろなんて言わないから…お願いだからこれ見て思い出してくれ。」
その言葉、しっかりと頭に記憶しました♪
「努力します。」
そう答えると、ヒロさんは俺の隣に腰を下ろした。祈るように両手を組んで俯いている。
俺のために…
事の発端は2時間ほど前。
晩ご飯を食べ終えるとヒロさんは直ぐに本を読み始めてしまった。読んでいたのは今日発売の宇佐見さんの新刊だ。
俺が話しかけても上の空で、楽しそうに宇佐見ワールドに浸っているヒロさん。
それは珍しくも何ともないことなんだけど、夜にゆっくりと一緒に過ごすのは一週間ぶりだったからなんとなく構って欲しくて…
「ヒロさん、お風呂沸いたので一緒に入りましょう♪」
お風呂に誘ったら
「嫌だ。後で一人で入る。」
こっちを見もせずに冷たくあしらわれてしまった。
「ヒーローさん♪」
隣に座って甘えるように身を寄せると
「ウザい!」
片手で押し返されてしまった。
「あの〜、邪魔にならないようにしますから膝枕してもらってもいいですか?」
しょんぼり顔でおずおずと尋ねると
「しょうがねーな…」
やっとこっちを見て、膝を貸してくれた。やった〜♪
ヒロさんの膝に頭を乗せてゴロンとソファーに横たわる。ヒロさんの膝、柔らかくて気持ちいい…
仰向けになって下からヒロさんの可愛い顔をじーっと見つめていると
「おい…寝るんじゃねーのかよ。」
「勿体なくて眠れません。」
「日本語を話せ!バカっ///」
俺のおでこをコツンと叩いて
「そんなに見つめられたら集中できねーだろっ!邪魔しないって言ったから許したのになんなんだよ。」
苦情を言われてしまった。仕方が無い、まだ眠るつもりはないけど目だけ瞑っておこう。
そう思ってすぐに目を閉じたのに
「…もうどけ!重い!」
頭を蹴り飛ばされて跳ね起きた。
「痛たた…ヒロさん、酷いです〜」
「お前が重いのが悪い!」
確かに重いかもしれないけど、少しくらい我慢してくれてもいいのに…
「俺より宇佐見さんの本の方が良いですか?」
ちょっと頭にきたから、意地悪な質問をしてしまった。
「そんなわけないだろ。なに本に嫉妬してんだよ。」
「そんなことあります。今だって俺じゃなくて本の方を見てるじゃないですか。」
「いい加減にしろ!俺は今、これが読みたい気分なんだ。」
「もういいです。それがヒロさんの答えなんですね…」
拗ねるようにそう言うと
「いい加減にしろって言ってんだろっ!クソガキ!!」
固い単行本で思い切り叩かれてしまった。
ヒロさんが一人でゆっくり読書に没頭しているところを邪魔しようとは思わないし、普段ならこんなに甘えたい気分にはならないんだけど…
久しぶりに会えたのに構ってもらえなくて、おまけにその原因が宇佐見さんの本だったのが悔しくて…俺の中で何かがブチッとキレた。
ワザと大げさに頭を抱えて痛みを訴える。
「っつ…頭が…ガンガンする…」
「野分?」
「くらくらして…意識が…」
「おい!大丈夫か!?」
暫く蹲った後…
「ここは…あなたは誰ですか?」
記憶喪失になったフリをした。
構ってもらいたくて咄嗟に思いついたのがこんなバカな作戦だなんて我ながら情けないけど、ヒロさんは何の疑いも持たずに信じ込んでしまって…今に至る。