純情エゴイスト〜のわヒロ編6〜
□ドタキャンの後で
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駅から走って帰って来たら部屋の明かりが消えていて…玄関にはしっかりと鍵がかけられている。
「ただいま。」
野分の靴は…無いか。
明日の朝まで休みだと言っていたけど、急患が入ったのだろうか。
「あーっ!疲れた〜!」
野分がいないとわかった途端に疲れがドッと押し寄せてきて、乱れた呼吸を整えながら部屋に上がった。
室内は薄暗く、ソファーやキッチンにも野分がいた形跡はない。随分前に出かけてしまったようだ。
ネクタイを緩めて鞄を置くと、ソファーに腰を下ろしてスマホを手に取った。
『今日はドタキャンして悪かった。仕事頑張れよ。』
送信っと。
とりあえず今はこれだけ。今度会った時にちゃんと謝って埋め合わせしねーと。
なんかこれから飯作るの面倒臭いな。野分がいるものだとばかり思っていたから何も買ってこなかった。
溜息をつきながら冷蔵庫を開けると、幸い作り置きのおかずがまだ残っていた。ご飯は…これでいいか。
非常食にと買ってあったレトルトのご飯を取り出してレンジに入れる。
温めただけの品を適当に並べて、おかずを作ってくれた野分に感謝を込めて手を合わせた。
「いただきます。」
風呂場で湯につかりながら考える。
本当ならクマパークで野分とデートの予定だったのに…
野分が、友達の社長さんからタダ券を貰ったからと、デートに誘ってくれたのだ。
俺は図書館に返却する本があり、野分も午前中まで仕事だったから現地で待ち合わせをしていたのだが、丁度出かけようとしていたところに大学から電話が入った。
明日の講習会で講演を行う予定だった教授が盲腸炎で入院したとかで、急遽宮城教授が代行することになったのだが、準備が間に合わないから手伝って欲しいとのことで…休日出勤するはめになってしまったのだ。
こんな時にとは思ったが、仕事なら仕方がない。野分に待ち合わせに遅れるとメールしてすぐに大学に向かった。
3ヶ月に1回のペースで開講される一般向けの講習会にはM大志望の高校生から社会人、高齢者まで様々な年代の受講生が集まり毎回好評を博している。
文学関連の講習会では源氏物語や近代文学を専門にしている著名な教授陣が主となっているのだが、ごくたまに宮城教授も芭蕉関連の講義を行っている。
今回のテーマは源氏物語に関するものらしく、宮城教授は専門外だ。
無論、一般向けに教えるくらいなら専門じゃなくて十分対応できるのだが、問題は配布資料だ。用意されていた資料が意外にマニアックな内容だったらしく、資料を含めて講義内容を検討するつもりらしい。
これは思ったよりも時間がかかりそうだと判断して、暇そうな学生をとっ捕まえてバイト代を払って手伝わせたりもしたのだが、時間は刻々と過ぎてゆき…泣きたい思いでキャンセルのメールを送ったのだ。
野分からは
『残念ですけど仕事が優先ですね。頑張ってください!!』
と直ぐに返信があったけれど、その言葉を励みに頑張ろうという気持には到底なれなくて。
野分には何度となくドタキャンされているけれど、待ち合わせ場所でキャンセルのメールを受けた時のやるせなさには俺だって未だに慣れない。野分にあんな想いをさせてしまったかと思うと罪悪感が…
「あーーーっ!仕事なんだからしょーがねーだろっ!」
大体、野分だって仕事に行ったのだから、デートをしたところで途中で呼び出しをくらって解散になっていたはずだ。
こんなことでウジウジしている自分がムカつく!!
お湯をバシャバシャと顔にかけて、目尻に溜った涙を吹き飛ばした。
風呂から上がって、本を手にリビングに戻ると留守電のランプが点灯していた。
メッセージを再生すると相手は津森で、軽い口調の伝言が流れた。
『津森です。あれれ〜まだデート中?野分、申し送り事項があるから帰ったら電話して!』
んー?野分のヤツ、病院に行ったんじゃねーのか。
時刻は9時を回っている。コンビニに行ったにしては遅すぎるし…まさか、野分の身に何かあったんじゃ…
急に不安になって野分に電話をかけた。野分、頼むから出てくれ!
もどかしい気持ちで呼び出し音を聞いているうちに留守電に繋がってしまった。
「クソっ!野分のボケカス!!」
仕方がないので急いでメールを打つ。
『何処にいるんだ?早く帰ってこい!』
送信すると程なくして返信が来た。
『すみません。今、電車の中で電話にでられませんでした。もうすぐ帰ります。』
だーかーらー!お前は何処に出かけていて、何時に帰ってくるんだ!!
無事なのはわかったけど、相変わらずの言葉足らずな内容にイライラしてしまう。画面に表示された文字を睨みつけていると続けてメッセージが届いた。
『クマパークのお土産買ったので楽しみにしていてください♪』
は!?アイツ、一人でクマパークに行ったのか!?
折角チケット貰ったんだから行かないのは勿体ないけど、こんな時間まで一人で?う〜ん…野分は友達が多いから他のヤツを誘ったのかもしれない。
津森は病院にいたし、草間園の後輩か大学の友人とか…
行けなかった自分が悪いとは言え、野分がどんなヤツと一緒にいたのか気になってしまう。男?それとも…
同世代の女の子と一緒に楽しそうに笑っている野分の姿が浮かんできて慌てて掻き消した。
野分に限って浮気はありえないとわかっているけど、可愛らしい女の子と並んで歩く野分はとても自然に思えて、胸がチクチクと痛む。本来ならそれが普通なのに、なんで俺なんか…
ネガティブ思考に入りかけたところでまたメッセージが届いた。
『ヒロさんは可愛いです。』
いきなり何だよ!!
何の脈絡も無く届いた『可愛い』に笑いが洩れる。野分…ありがとう。