純情エゴイスト〜のわヒロ編6〜

□昼下がりの病院で
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今日は平和だな〜

画像診断の写真のチェックを終えて、ふぁ〜っと小さく欠伸をした。

午前中に運ばれてきた急患は二人だけ、入院中の子供達も特に危険な状態の子はいない。毎日こんな日ばかりならいいのに。

午後のミーティングまでにはまだ時間があるから、子供達と遊んであげよう♪

そう思って、プレイルームに向かって歩いていると、病室からヒステリックな金切り声が聞こえてきた。

覗いてみたら、ペンケースが飛んできて…俺の顔面を直撃した後ポトッと床に落ちた。

「痛たた…」

顔を押さえながらペンケースを拾う。

「草間先生!?…ご…ごめんなさいっ!大丈夫!?」

ヒロさんのパンチに比べればこれくらい…

「大丈夫だよ。何かあったの?」

「勉強が全然わからなくて、イライラして投げちゃったの。」

ここは女の子用の2人部屋。昨日一人退院したばかりで、今いるのは中学生の桜ちゃん一人だ。

「ごめんなさい。私の教え方が悪くて。」

おろおろしながら謝っているのは、勉強をみてくれているボランティアの学生さん。この子は初めて見る顔だな。

「桃ちゃんはいいな…」

桜ちゃんは隣の空床を見つめて寂しそうに呟いている。

椅子を転がしてきてベッドサイドに腰を下ろした。

「桜ちゃんももうすぐ退院できるよ。手術頑張ったもんね。」

吊るされた足のギプスにはお見舞いに来た学校の友達が書いたメッセージや落書きがいっぱいに書かれている。

事故で骨折した足は綺麗に繋がったし、このまま安静にしていれば元通り走れるようになる。退院ももうすぐだ。

「これは…新しい教科書?」

ベッドに取り付けられたテーブルには真新しい教科書が広げられている。

「うん。今月から受験生なのに初めから躓いちゃった。勉強どんどん進んじゃってるよね。退院するころには仲良しのグループもできちゃってるよ。」

4月は進級の季節。この時期、焦りを感じて情緒不安定になる子供は少なくない。中三なら尚更だ。

長期入院している子供達のための院内学級はあるけど、流石に受験勉強には対応できない。

こんな風に大学生のボランティアさんが教えてくれる日もあるけど、殆ど独学でやらなければならないのが現状だ。

今までは同学年で同室だった桃ちゃんと励まし合いながら勉強していたけど、桃ちゃんが先に退院してしまい、取り残された気分になってしまったのだろう。

置いて行かれそうになって焦る気持ちは俺にも痛いほどわかる。学生時代、ずっとヒロさんの背中を追いかけていたから…

「桜ちゃんなら明るいから友達もすぐできるよ。勉強、俺も手伝おうか…あ…」

教科書を見て言葉に詰まる。これって古典…だよね?

大学受験の時、ヒロさんに重点的に教えて貰ったはずなのだけど、今では医学の知識を吸収するのにいっぱいいっぱいで忘却の彼方に追いやられてしまっている。

中学レベルならなんとか…でも、受験生に間違ったことを教えてしまったら大変だ。ちゃんと教えられる自信ないかも…

「ごめんなさい。俺、文系科目苦手で。」

正直に謝ると、桜ちゃんは目を丸くして

「古典できなくてもお医者さんになれるんだね!先生、もっと頭いいのかと思ってた。」

安心したように笑いだした。

あはは…ちょっと恥ずかしい思いをしちゃったけど、安心してくれたみたいで良かった。教えていた学生さんもクスクスと笑っている。

「じゃあ、もう少し頑張ろうか。さっきの問題一緒に解いてみよう。」

学生さんに促されて、桜ちゃんはペンを取った。学生さんは寄り添うようにして丁寧に教えている。なんだか微笑ましくて見守っていると…

あれ?今の解説どこかで聞いたことがあるような…それにこの教え方、口調を乱暴にしたらヒロさんにそっくりだ。

気になったので、桜ちゃんが一人で問題を解き始めた時に聞いてみた。

「もしかしてM大の学生さんですか?」

「はい。M大の文学部です。」

やっぱり。ヒロさんの教え子だ。

「教員を目指してるんですけど、今の教え方どうでしたか?」

「わかりやすくて良かったと思いますよ。」

「良かった〜。大学に目標にしている先生がいるんですけど、その先生の教え方を参考にしてみたんです。」

それってもしかして、いや多分…ヒロさんのことだ。

「へー…どんな先生なんですか?」

さり気なく聞いてみる。

「厳しくて怖くて課題も山のように出すけど、質問すればわかるまで丁寧に教えてくれるし、文学が大好きなのが伝わってくるし…すごく良い先生です。それにカッコイイし///」

赤くなった!!

「その先生のこと好きなんですね。」

「はい。前に一度告白したんですけど、ふられちゃいました。付き合ってる人がいるみたいです。」

それは俺です♪

ヒロさん、きっぱり断ってくれたんだ。

ロングの黒髪が良く似合う清純そうで顔立ちも綺麗な女の子。その上、ヒロさんと同じ文学好き。

そんな子に見向きもせずに俺を選んでくれたと思うと…嬉しいような申し訳ないような…

「草間先生?ニヤニヤしちゃってどうしたの?」

桜ちゃんに声をかけられて慌ててにやけた顔を引き締めた。

「ダメだよ。先生、古典が苦手な人に興味ないって!脈無しだから誘っても無駄だよ。」

桜ちゃんは冷たい口調でそう言うと、クスクスと笑いだした。
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