純情エゴイスト〜のわヒロ編6〜

□エイプリルフールの惨事
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パソコンのキーを打つ手を止めて、チラリと斜め後ろに視線を向けると、野分が慌てて本に目を戻している姿が映った。

コホンと咳払いをして論文の続きを書き始めると、またもや背中に熱い視線を感じる。

「のーわーき!いい加減にしろ。」

「えっ!?何で見てるのわかったんですか!?」

「わかるわ!ボケ!!」

野分に見つめられるのはもう慣れっこだけど、仕事中ずっと背後からの視線に耐え続けるのは流石にキツイ。

「ったく、仕事の邪魔にならないようにするって言うから許したのに、何だよ。」

「ごめんなさい。すぐ傍にヒロさんがいると思うと嬉しくなってしまって。ダメ…ですか?」

「そんな悲しい声で訴えても無駄だぞ。職場では鬼の上條で通ってるんだからな!その本、あとで感想聞くから真面目に読んでろ!」

「はい…」

今日は野分の仕事が丸一日休みで、俺は仕事。普段なら俺が帰宅するまで野分は留守番なのだが、春期休暇中で学生がいないのを良いことに一緒に大学に行きたいと言いだしたのだ。

不本意ではあるが秋彦を研究室に出入りさせてしまっている手前、恋人である野分を拒絶するのは筋が通らない。

やむを得ず『仕事に差し障る行為はしない』という約束で同行を許可したのだ。

その辺は厳しく言っておかないと、誰も見ていないからとか言って、抱きついたりキスしたりしてくるに違いない。野分に触れられて、あの漆黒の目で愛おしそうに見つめられたりなんかしたら俺は…

野分がアメリカから帰国した当時の雨の夜の出来事を思い出しそうになって慌てて掻き消した。

神聖な職場であんな行為に及んでしまうなんて、一生の不覚だ。

「ヒロさん、頭から湯気がでてますけど大丈夫ですか?」

「だ…大丈夫!なんでもねー///つーか、こっち見んな!」

「なんかよくわからないけど、ヒロさん可愛い♪」

さっきからずっと鬼モードで怒ってるのに可愛いってなんだよ…コイツの感覚は未だによくわからない。

しかも日本語が全く通じてねーし。俺は『見るな』と言ったのに子犬のように目をキラキラさせて尻尾をブンブン振っている。

コーヒーを一口飲んでから資料を広げた。駄犬は無視して仕事に集中せねば…

付箋を貼っておいた箇所を読みながら頭の中で整理していると、コンコンとノックがして学生が入ってきた。

「失礼します。」

ドアの方に目を向けると林という男子学生が立っている。俺のゼミに所属していて、確か今年で4年になるはずだ。

「どうした?質問か?」

長期休暇中でも研究熱心な学生が質問をしに来ることはあるのだが…コイツはどちらかと言うとお調子者のムードメーカータイプで勉強の方はイマイチだ。

「あのっ!大事なお話があってきました。」

「改まってどうした?」

「上條先生。」

確か必修科目を1つ落としていたはずだ。今流行りのインターンとやらで講義に出られないとか言いだされると厄介なんだが…

「好きです!!俺とつき合ってくださいっ!!」

「おい…」

一瞬でも心配してやった自分がバカみたいだ。

今日は4月1日、エイプリルフールだ。この時期は新入部員獲得のための作戦会議で集まっているサークルも多く、悪ふざけでや罰ゲームで告ってくる輩がいると聞く。

大抵は若い女性教師がターゲットになるようなのだが、よりにもよって俺の所に来るとは…

「お前、どこのサークル?」

「テニスです!ガチじゃない方の…」

『バレバレですね』とでも言いたげに口元を引きつらせている。

やっぱりな。あの連中ならやりかねない。それにコイツ彼女いるし。

気分転換に説教でもしてくるか。俺をからかおうとしたことを後悔させてやる!

資料を置いて席を立つと同時に、地獄の底から這い上がるような恐ろしい声が響いた。

「何処に行くんですか?俺に聞かれたら困るような返事をするつもりなんですか!?」

野分?まさか本気にしてねーよな?

野分は敵意むき出しの鋭い目で林を睨みつけている。

「ヒロさんは俺のものです!誰にも渡さない!!」

ヤバい…コイツ、マジで怒ってる!

「ひゃっ!ご…ごめんなさいっ!すみません!本気じゃないんです!」

ただならぬ空気に危険を察して林は必死になって謝っている。

「本気じゃない?俺のヒロさんを騙して何をするつもりだったんですか!!」

「野分、落ち着け!今日はエイプリル…」

「ヒロさんは黙っていてください!」

「うっ…」

野分に怒鳴りつけられて怯んでしまった。林は真黒なオーラに呑みこまれそうになっている。

マズイ…本気の告白なら俺も誠意を持って俺が好きなのは野分だけだって言ってやれるけど、遊びで告ってきたヤツにこんな形でカミングアウトするわけにはいかない。

だけど、このままだと野分のヤツ、林に手を上げかねないし…学生相手に暴力沙汰を起こすわけには…

二人まとめて怒鳴りつける?いや、ダメだ。両成敗にしたら野分が傷つく。

早くどうにかしないとと焦れば焦るほど頭の中が真っ白になっていく。俺はどうすれば…
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