純情エゴイスト〜のわヒロ編4〜

□紫陽花のように
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「宮城教授!コピーくらい自分でやってくださいよ。こっちも試験前で忙しいんですから。」

文句を言いつつ、枚数を設定して開始ボタンを押した。

ちょっと資料を借りに来ただけなのに、かれこれ30分も手伝わされている。

「俺がやるとすぐに紙が詰まるんだよ。あっ、こっちも50枚コピーしといて。」

「はいはい!」

いつもの調子で返されて小さく溜息をついた。抗議するだけ無駄なら、とっとと終わらせよう。

「おわっ…またか〜」

「教授?大丈夫ですか?」

本雪崩でも起きたのかと教授の方を見ると、教授は窓際に立ち止まって何かいじっている。

「紫陽花、学生に貰ったから飾ってみたんだけど花が重くてちょっと触れただけでこんな風に…ダメだ〜落ちてくる。」

悪戦苦闘しているようなので見せてもらったら、牛乳瓶に2本の紫陽花が無造作に挿されている。

「茎が長すぎるんですよ。って言うか、飾るなら花瓶くらい用意してください。」

ペン立てからハサミを取って、瓶の高さに合わせて茎を切った。実家の床の間に生けられていたのを思い出しながら生けてみる。

「こんな感じかな。」

「へー…お前、不器用なのにこういうのはできるんだ。」

「不器用で悪かったですね!」

普段はこんなことやらねーんだけど、母さんや野分がやってるのを見ていたのが役に立った。

「うん…さっきよりずっと良くなった。『紫陽草や帷巾時の薄浅黄』ってな♪」

教授はご機嫌で芭蕉の句を口ずさんでいる。

コピー機の前に戻ると、出てきたプリントを揃えて机に並べた。

「終わりましたよ。そろそろ戻りたいんですけど。」

「ああ、ありがとな。助かったよ。」

良かった。もう追加の仕事はなさそうだ。ホッとしたのも束の間…

「あっ!」

はっとしたような声に反応して眉間に皺を寄せた。

「今度は何ですか…」

「あっ、いやな…紫陽花ってお前に似てるな〜って思ったもんだから。そんな怖い顔すんなって!」

紫陽花が俺に似てるって?そんなことを言われたのは初めてだ。

「どこが似てるんですか?」

「ほら、紫陽花って初めは白だけど青くなったり赤くなったり色が変わってくだろ?」

「それがどうだっていうんですか?」

「お前も青くなったり赤くなったり顔色がコロコロ変わるからさー。それに花は小さくて繊細なのに萼をこんなに広げて虚勢張ってるとことか。あはは…って、上條額に青筋が…」

「宮城教授!!」

思い切り睨みつけると、教授は逃げるように机の方に行ってしまった。

「さてと、仕事仕事…」

まったくこの人は…

「俺も自分の仕事があるんで失礼します!」

「おお…」

部屋を出ようとしたところで、ポケットに入れていたスマホが振動した。

「いいな〜彼氏殿から電話?」

「からかわんでください///」

バタンと締めたドアの向こうから教授の声が聞こえてきた。

「ははっ…今度は赤か♪」

く〜っ!!誰だよ!こんなタイミングで鳴らしやがって!

イライラしながら画面を確認すると、野分からのメールだった。

『紫陽花にカタツムリがいました。』

微笑ましいメールに毒気を抜かれて思わず笑みが漏れる。野分らしい簡素な言葉の下には青紫色の紫陽花と小さなカタツムリの写真が添付されている。

子供を抱っこしている野分みたいだ…

教授は俺に似てるって言ったけれど、雨上がりの空に向かって元気に葉を広げている姿は野分に似ている。

あれ?写真の下にも何か…

『ヒロさんかわいい♪』

うっ///

可愛らしいカタツムリから俺を連想したのだろうか?野分は何の脈絡もなく思ったことをそのまま書くから…

「お前の日本語はどーなってんだよ!」

苦笑しながらスマホをポケットに押し込んだ。
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