純情エゴイスト〜のわヒロ編4〜
□手は口ほどにものを言う
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仕事帰りに本屋に寄ったら、実用書のコーナーに見慣れた後姿を発見した。
野分はデカいからどこにいてもすぐにわかる。
ちょっと脅かしてやろうと足音を忍ばせて背後からそろりと近づいていくと…
「ヒロさん!?」
「おわっ!!」
いきなり振り向くものだからこっちが驚かされてしまった。
「ビックリした〜!お前、何で気付いたんだよ?」
「ヒロさんの匂いがしたので♪」
お前は犬か…
「お仕事帰りですか?お疲れ様です。」
「ああ、お前もお疲れ!この後うちに帰れるのか?」
「はい。」
休憩中ということも想定していたから、野分の返事に胸が弾んだ。
秋彦の新刊を買うつもりでいたけど、また今度にしよう。
ところで野分は…医者が読むような専門書は書店にはねーし、料理本以外のコーナーにいるのは珍しい。
「なに見てんだ?」
野分が手にしている本を覗き込むと、カラーのイラストが並んでいる。体操の本?
「手話の勉強をしてみようと思いまして。初心者向けの本を探していたんですよ。」
「へー…耳の聞こえない患者でもいるのか?」
「はい。先日入院した女の子が耳が聞こえなくて、お母さんと手話で話しているのを見ていたらとても楽しそうだったので、俺も仲間に入りたいなって。」
楽しそうだったから…か、医者としてとか患者のためにとか言わないところが野分らしい。
書棚から適当に一冊取って開いてみた。
イラストや写真の下に意味が書かれている。
「手話って一文字ずつじゃねーんだよな。」
「よく使う表現は決まりがあるみたいですけど、あいうえおもありますよ。自己紹介するときとか名前を伝えられないと困るじゃないですか。」
「あっ、ホントだ。後ろに五十音表が付いてる。」
えっと…人差し指でカタカナのノを書いて、三本指を立てて、次は狐か…
「それって俺の名前ですか?」
「へっ…い、いや…俺はただ適当にやってみただけで///あーっ…マジでたまたまお前の名前になっただけであって…」
「それでも嬉しいです♪」
にっこりと微笑む野分の視線から、真っ赤になった顔を背けて、慌てて本を元の位置に戻した。
「俺もヒロさんの名前、手話で言えますよ。」
野分は得意気にそう言うと、人差し指を立てて、数字の6のような形を作って、三本指を立てた。
ん?三本指を立てるのは『わ』だったはずだ。
「それ、間違ってね?」
「えっ?」
野分は持っていた本のページを捲って表を開いた。
「わわっ…間違えました。『ひ』が1で『ろ』が6っぽかったので『さん』を3にしちゃいました。手話って難しいですね。」
そんなことを言いながら苦笑している。
「日本語もままならないのに手話なんて覚えられるのかよ。」
「頑張ります…」
ガックリと肩を落とした野分の頭をクシャクシャっと撫でてやった。
「頑張れ!」