純情エゴイスト〜のわヒロ編4〜
□君に綴る言葉
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玄関の扉を開けると食欲をそそる匂いが漂ってきた。煮魚かな…
薄暗い廊下を抜けてリビングに入り、灯りをつける。
鞄と上着をソファーに投げ出して、キッチンに目をやるとコンロの上にはまだ湯気の立っている鍋が置かれていた。
あと少し早ければ野分に会えたのに…今日もすれ違いだ。
テーブルにはラップをかけた煮魚とホウレンソウの胡麻和え、和風サラダが並んでいる。鍋の蓋を開けると一人分の味噌汁がちんまりと残されていた。
折角だから温かいうちに食べよう。
ネクタイだけ外して食卓についた。
「いただきます。」
手を合わせて箸を取る。
一人の食事は寂しいから、キッチンに野分が立っているつもりで…
野分の姿を思い描いてみるものの、水切りカゴに並べられた野分の食器が目について溜息が洩れる。
まだ水滴が残る洗って程ない食器。
一人の時、野分はどんな気持ちで食事をしているのだろう…
野分の作ってくれた料理はどれも俺好みの味付けになっていて美味いけれど、心が込もっている分余計に切なくなる。
しっかりしろ!自分!こんなのはいつものことだ。
すれ違いには慣れているはずなのに、ほんの少し前まで野分がいたってだけでこの様かよ…
頬をパシパシと叩いて口いっぱいにご飯を掻き入れた。
食器洗いを終えて、ソファーに置きっぱなしにしていた荷物を片付けようとしていると、カレンダーの下に見慣れない物が掛っているのに気付いた。
近づいてみるとそれはA4サイズのホワイトボードで
『ヒロさん』
と書かれている。何だこれ?
太いペンでボードからはみ出しそうになるくらい元気いっぱいに書かれた文字を見ていたら、野分の笑顔が浮かんできた。
俺を呼ぶ野分の声が聞こえてくるようだ。
そうだ、消されてしまう前に…
スマホでカシャッと写真に収めた。
それにしてもアイツどういうつもりでこんな物を?
スマホを出したついでに野分にメールを打った。
『カレンダーの下のホワイトボードどうしたんだ?』
送信!
さてと、荷物置いて風呂入ってこよう。
ブーッ…ブーッ…
テーブルの上で振動するスマホの音で目が覚めた。
ソファーで本を読んでいたらいつの間にか眠ってしまったようだ。
スマホの画面には野分の名が表示されている。ああ、さっきメールしたんだっけ…
野分からの返信は…
『ヒロさんの名前を書きました。』
おい!それは見ればわかるだろーが。俺が聞きたいのは…
メールを打とうとして手を止める。今なら電話で話せるかも。
野分の番号に電話をかけると呼び出し音が鳴って…8回目で留守電に繋がった。
休憩しようとした途端に急患が運ばれて来たってとこか。
仕方ない、今度会えた時に聞いてみよう。
電話を切って小さく呟く。
「野分、頑張れ。おやすみ…」
数日後…朝、目覚めてリビングに行くとホワイトボードの文字が書きかえられていた。
『ありがとうございます。すごく嬉しかったです!』
何が?
わけがわからん…
テーブルには一人分の朝食が並んでいる。
夜中に帰宅して、明け方出かけたのか。忙しいヤツ…
声をかけてくれたら朝食くらい作ったのに。
野分に文句を言ったところで『疲れて眠っているヒロさんを起こすなんてできません。』とか『寝顔が可愛くて』なんてセリフが返ってくるのはわかっているから何も言わない。
俺の寝顔のどこがそんなにいいんだか…ん?もしかしてこのメッセージ…
俺、寝言で何か言ったのか?野分の名前を呼んだとか…
寝言を言いながら眠っている自分を野分がにこにこと見つめている様子が頭に浮かんで恥ずかしさが込み上げてきた。
「クソー///こんなもん消してやる!」
ホワイトボードに書かれた文字を睨みつけると、文字に重なって野分の嬉しそうな顔が浮かんできた。
「ニヤニヤ笑ってんじゃねーよ!ボケカス!!」
消そうと思ったのに、また写真に収めてしまった。何やってんだ…俺。