純情エゴイスト〜のわヒロ編4〜

□嘘から始まる幸せ
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古本屋で本を物色していると、背後から声をかけられた。

「上條?」

振り向くと、狭い通路の先に宮城教授が立っている。

「奇遇だな。何か面白そうな本あった?」

「次の論文の資料になりそうな本ならいくつかありましたよ。」

応えながら、左腕で抱えていた本を教授に見せた。

「あとは『パンダの尻尾はなぜ白いのか』の初版本が気になったんですけど、予算が…」

「ああ、初版は発行部数が少ない上に直ぐに改訂されたから希少なんだよな〜」

そうなのだ。改訂版は数冊持っているのだが、初版本は見つかっても高くて買うのに覚悟がいる。

他の本を買うのを我慢すれば手が届かない値段ではないけれど…研究資料は揃えたいし、秋彦の新刊も出る予定だ。

今回も見送りかな…

「上條、5月の学会で使う資料なんだけど、全部作ってくれるならその本プレゼントしてやるよ。」

「へっ…」

『やります!』と言いかけて慌てて引っ込めた。本は欲しいけど、資料全部なんて…できるか?いや、自分の論文もあるし授業の準備もあるから無理だろ…

でも、何日か徹夜でやれば何とか…でも、今回のテーマ俺の専門じゃねーんだよな。いつもみたいにサクサク進みそうにないし…あーっ!!

必死になって脳内で格闘していると…

「アハハハ…そんなに真剣に悩むな!いくらなんでも資料全部とか嘘に決まってんだろ。」

「嘘…?」

「ほら、今日はエイプリルフールだろ?ちょっとからかってみただけだ。俺も、他に欲しい本があるからそんな余裕ねーし♪」

「宮城教授…」

クソ〜…いくらエイプリルフールでもついて良い嘘と悪い嘘があるだろっ!

それに本のことになると冷静になりきれない自分自身にも腹が立つ!

「そんなに眉間に皺よせるなって!悪かったよ。」

教授は苦笑しながら指先でキュッキュッと眉間の皺を伸ばしはじめた。

「そうだ!教授が探してた『松尾芭蕉と水芭蕉』あっちの棚にありましたよ。」

「マジで!?やった〜♪」

教授は目の色を変えて俺が適当に指差した棚の方に向かって行った。

仕返し成功♪

自分で言うのもなんだけど俺は嘘をつくのが下手だ。それなのにこんな単純な嘘に引っかかるなんて…宮城教授も俺と同じで本が絡むとかたなしだな。

そんなことを考えていたところに宮城教授の声が響いた。

「これ欲しかったんだ〜上條、ありがとな♪」

「えっ…」

騙されて落胆するかと思いきや、予想外の反応に持っていた本を落としそうになる。

にこにこしながら本を持ってレジに向かう宮城教授。嘘だろ…



マンションに戻ると、玄関の前に秋彦が立っていた。ドアにもたれ掛かって文庫本を読んでいる。

「秋彦!」

「弘樹?お帰り。」

「来るなら連絡くらいよこせよ。」

「草間君は仕事だし、お前一人なら行動パターンは把握している。天気が良かったから散歩がてら古本屋にでも行っていたんだろ?そろそろ帰って来るころだと思って待ってたんだ。」

秋彦は本をバッグにしまいながら、しれっとした様子でそんなことを言いっている。

「野分が仕事だってなんで知ってんだよ。まさか、宇佐見家の忍者を飛ばしてんじゃ…」

「お前が言ってだんだろ。『休みなのに野分が仕事で寂しい』って電話で愚痴ってたじゃないか。」

「はい?」

全然記憶にねーんだけど。酔った勢いでまた秋彦に電話してしまったのだろうか?しかも寂しいとか…何言ってんだ、俺///

「そ…それはそうと、何しに来たんだよ?」

「緊急避難。編集に追われてる。」

「お前なー、真面目に仕事に向き合えっていつも言ってんだろ!」

小言を言いつつ鍵を開けようとして、ふと考える。

もしかして、俺が寂しいって言ってたから来てくれた…とか?

秋彦ならありえる。もしそうなら、野分がいないからって秋彦を部屋にあげるのはどうなんだ?

俺が野分だったら…きっと嫉妬と不安でたまらなくなる。

「そう言えば、高橋を見かけたぞ。何か探し物してるみたいだったけど…」

数日前のことだけど…今日はエイプリルフールだからこれくらいいいよな。

「美咲が?そう言うことは早く言え!」

秋彦はスタスタとエレベーターに向かって行ってしまった。

ごめん…

心の中で謝って部屋に入った。

買ってきた本を置いて、上着を脱いでいるとスマホが鳴りだした。

秋彦からのメールだ。嘘ついたのもうバレたのか。

『美咲と合流した。限定版の漫画の予約をするのを忘れて探し回っていたらしい。これから池袋の本屋まで行くけど欲しい本あるか?』

これって偶然?高橋…どれだけ探し回ってんだよ…

だけど、ありがたい。大型店に行くなら専門書を頼んでおこう。

買おうと思っていた本のタイトルを入力して送信ボタンを押した。
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