純情エゴイスト〜のわヒロ編3〜

□不器用なあなたに
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プレイルームで遊んでいた子供達を病室に送ると、急いで待合室に向かった。

「ヒロさん!」

ソファーに座って本を広げているヒロさんに声をかける。

「野分、お疲れ。」

ヒロさんはすぐに読んでいた本を閉じて、足元に置いてあった紙袋にしまった。

「着替え、ありがとうございます。お待たせしてしまってすみませんでした。」

「仕事中なんだから仕方ねーだろ。一々謝るな!」

「でも…」

さっき読んでいた本、買ってきたばかりの新刊だった。ヒロさんはすぐに閉じてしまったけれど、半分以上読み終っていて…一体どれくらい前から俺を待ってくれていたのだろう。

「あの…俺が手が放せない時は受付に預けちゃって大丈夫なので…」

「バーカ!それじゃ、お前の顔見れないだろっ!」

「ヒロさん…」

ヒロさんはコツンと俺の頭を叩いて、ボストンバッグを差し出した。

「ありがとうございます!」

ヒロさんの優しさが身に沁みる。何時間待っても逢えるのはほんの数分なのに、ヒロさんは文句一つ言わずに待っていてくれる。

申し訳ないとは思うけれど、それ以上に嬉しくて…

「お前、大丈夫か?さっきから頬が緩みっぱなしだぞ。」

「大丈夫です。気持ちが正直に顔にでちゃってるだけなので♪」

「仮にも医者なんだからもっとピシッとしてろよ。」

「はい!」

元気よく返事をすると、ヒロさんはクスッと笑ってくれた。

「コーヒーでも淹れてきましょうか?」

「さっき津森さんが淹れてくれた。」

ヒロさんは横に置いてあった紙コップを軽く振って見せた。

今日は先輩は先に上がったから、ヒロさんに会うことはないと思ってたのにー…

「お前、また他の医者と勤務時間代わったんだってな。」

「先輩が言ったんですか?」

また…ヒロさんに余計なことを…

「うん。連勤が続くとモチベーション下がるから元気分けてやってって頼まれた。」

先輩が…そんなことを?

「ごめんなさい。明後日の朝ちょこっと帰宅できるはずだったんですけど、家族持ちの先生と交代したので来週まで帰れそうにないんです。」

「お前らしいな。だけど、無理して身体壊すなよ。」

「はい。元が丈夫なので体調管理はバッチリです。それに、ヒロさんの顔見られたからまだまだ頑張れます!」

「そうか、良かった。じゃあ、俺はそろそろ帰るから、お前もちゃんと飯食って休憩時間はしっかり休んどけよ。」

そう言って、ヒロさんはバッグと本の入った紙袋を手に立ち上がった。

「外まで俺が持ちますよ。」

「いいって、休憩時間を無駄にするな。」

「無駄になんかしてません!俺は1分でも1秒でも長くヒロさんと一緒にいたいんです。」

「お前が…そう言うなら///」

ヒロさんはちょっと照れくさそうに紙袋を渡してくれた。

紙袋を受け取ってヒロさんと並んでエレベーターに向かった。手を繋ぎたいところだけど、我慢我慢…

手をギュッと握りしめて斜め下を見ると、紙袋の中身に視線が移った。

あれ?いつもより本が少ないような気が…重さもそんなにないし…

「ヒロさん、今日はあまり買わなかったんですね。」

「ああ、本棚埋まってきたし…整理するまで少し買うの控えようと思って。」

「じゃあ、今度の休みに本の整理手伝いますよ。」

「うん…」

ヒロさんは俺から視線を反らして小さく頷いた。いつもより歯切れが悪いような気がするのは俺の気のせいだろうか…

エレベーターを待ちながらもう一度紙袋に視線を戻した。何か違和感があるんだけど…なんだろう…

本の背表紙を目で追って、ハッとした。

宇佐見さんの本が1冊しかない…

確か今日が新刊の発売日だったはずだ。昼飯を買いに行った時に本屋の前で見たポスターにそう書かれていたのを思い出した。

宇佐見さんは新刊が発売される度にヒロさんに献本しているから、ヒロさんの部屋の本棚には既にこの本が並んでいるはずだ。

その他にヒロさんは同じ本を必ず2冊買ってくる。宇佐見さんへの尊敬と応援の気持ちを込めて…

それなのに、今日は1冊だけ…売り切れちゃってたのかなぁ?

「野分、なにぼーっとしてんだ?エレベータ来たぞ。」

「あっ…はい。」

慌ててエレベーターに乗り込んだ。幸い誰も乗っていない。

「ヒロさん、ここに来てください。」

監視カメラの死角にヒロさんを呼び寄せて軽くキスをした。

「お前なー…職場でそういうことするなよ。」

「ヒロさんが目の前に居るのに我慢するなんて身体に悪いです。」

そう返すとヒロさんは赤くなった頬をピクピクさせて恥ずかしそうに視線を反らしてしまった。

「ヒロさんは我慢してることないですか?」

「えっ!?…べ…別に…」

動揺した!?やっぱり様子がおかしい。

「何かあったんじゃ…」

「何もねーよ!ほらもう着いたから、お前はこのまま上に戻れ!仕事頑張れよ!」

そう言いながらヒロさんは紙袋を奪い取ると、俺をエレベーターに押し込んでボタンを押してしまった。

ヒロさんは俺を安心させるように笑顔を向けてくれたけれど…

俺には言えない秘密でもあるのかなぁ。ヒロさんのことだから心配はいらないと思うけど、少しだけ不安になってしまう。

休憩室に戻ると、真っ先に津森先輩に電話をかけた。

『もしもし。野分?』

「お疲れ様です。あのー、さっきヒロさんと何か話しましたか?」

『お前が働き過ぎって話はしたけど、それがどうかしたのか?』

「それだけですか?」

『ああ。』

「ヒロさんに何か変わった様子はありませんでしたか?」

『別に。いつもと同じ仏頂面だったぞ。』

「そうですか…ありがとうございました。」

電話を切って考える。先輩の声に変わった様子は無かったし、俺の思い過ごしだったのかなぁ…

やっぱりちょっと疲れが溜まっているのかも。ハーッと溜息をついてソファーに身を預けた。
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