純情エゴイスト〜のわヒロ編2〜
□嫉妬の報復
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ヒロさんと喧嘩をした…原因は俺の嫉妬。
テーブルにはヒロさんが作ってくれた朝食が並んでいる。
周りが少し焦げた目玉焼きはまだ温かく、コンロの上の鍋からも湯気が立っている。とても美味しそうだけれど、今は喉を通りそうもない。
バッグを床に投げ出してソファーに座ると、はぁーっと深い溜息をついた。
明け方までの勤務が終わり、家までの道を急ぐ。
この時間なら、ヒロさんの出勤時間にギリギリ間に合うかもしれない。
一目でいいからヒロさんに会いたい。「いってらっしゃい」を言ってあげたい…
逸る気持ちを抑えきれずに、自転車のペダルを力強くこいだ。
マンションが視界に入る距離まで来た時、駐輪場の傍にヒロさんが立っているのが見えた。
残念、もう出勤時間か…でも「いってらっしゃい」くらいなら言えそうだ。
そう思いながらペダルを踏み込んで、あれ?と首を傾げた。ヒロさんの様子がいつもと違う。
いつもはスタスタと駅に向かって歩いて行くのに、今日は立ち止まったまま誰かを待っているようだ。
それに、スーツもいつも学校に着て行くものに比べてなんとなく高級感がある。
「ヒロさーん!」
声をかけようとした時、左から真っ赤なスポーツカーが滑るように走って来てヒロさんの前で止まった。
宇佐見さんだ…
自転車をこぐ足が止まる…ヒロさんは開いた窓越しに宇佐見さんと話をしている。なんだかとても…楽しそうだ。
宇佐見さんもいつもに増して上品にスーツを着こなしている。
助手席のドアが開いた。乗らないで…ヒロさん、乗らないでください!
心中の叫びは声にはならず、ヒロさんは助手席に乗り込み、パタンとドアが閉まった。
ヒロさんを乗せたスポーツカーはゆっくりと徐行し始めた。
ヒロさんが宇佐見さんに連れて行かれてしまう…不安と焦りで心がいっぱいになって、いつの間にか自転車を投げ出して全速力で走っていた。
キキーッ!!
物凄いブレーキ音にはっとして我に返ると、手を大きく広げて飛び出した俺を轢く直前で車は止まっていた。
ヒロさんはギュッと瞑っていた目をゆっくりと開いて、泣きそうな顔で俺を見つめた。宇佐見さんはハンドルを握りしめていたけれど、すぐにヒロさんの方を向いて心配そうに声をかけている。
助手席のドアがゆっくりと開き、ヒロさんが下りてきた。ツカツカと早足で俺に向かって歩いてくる。
そして厳しい目で俺を睨むと、思いっきり平手で俺の頬を叩いた。
パチーン…
大きな音が響いて、頬に痛みが走る。
「ヒロ…さん。」
「野分、テメー何してんだ!!」
「ごめんなさい…」
本当に…何をしているんだろう?ヒロさんと宇佐見さんはただの幼馴染で…
何処かにでかけようとしていただけなのに、こんなに必死になって止めようとするなんてどうかしている。余裕が無さ過ぎて…カッコ悪い。
自己嫌悪で言葉も出ずただ立ちつくすことしかできない俺を、ヒロさんは怒ったように睨みつけた。
「俺じゃなくて、秋彦に謝れ!」
ヒロさんに言われてチラッと宇佐見さんの方を見ると、やれやれといった様子で俺たちの方を見ている。
「嫌です…」
「野分?」
「嫌です!絶対に謝りません!」
気がつくと大きな声でそう言っていた。
「勝手にしろ…」
ヒロさんはそう言い捨てると、宇佐見さんの車に戻っていった。
目の前を真っ赤な車が横切っていく…ヒロさんは真っすぐに前を向いたまま、俺と目を合わせようとはしなかった。
本当はすぐに謝ろうと思ったのに、どうしてあんな態度を取ってしまったんだろう。
宇佐見さんに迷惑をかけて…悪いのは俺の方だってわかってるのに。
悔しかったのは…轢かれそうになった俺よりも、ヒロさんが宇佐見さんを優先したこと…
もしも俺がヒロさんの立場だったら、真っ先にヒロさんに駆け寄って「大丈夫ですか?怪我はないですか?」と声をかけていたと思う。
素直に謝れなかったのは、ヒロさんの所為だ。
自信がない…俺はヒロさんにとって本当に特別なのだろうか?
涙が溢れそうになった目を手で押さえる。ソファーに横になると連日勤務の疲れが一気に出て、そのまま意識が薄れていった。