純情エゴイスト〜のわヒロ編2〜
□春の青嵐
1ページ/3ページ
うららかな気候と、通常よりも学生が少なく静かな校内…眠くなるのも仕方がないな。
顔洗って気合入れ直してくるか。
洗面台で顔をバシャバシャ洗っていると、扉が開いた。
「あ…上條先生、おはようございます。」
タオルで顔を拭きながら声の主の方を見ると、見覚えのある顔の学生だった。
「おはよう。春期休暇中なのに部活か?って…あれ?お前六年じゃなかったっけ?」
「はい。医学部六年の風間です。」
四年以上で一般教養を取っている学生は少ないから薄らと記憶に残っている。四年まで般教を持ち越すのは殆どが単位不足の出来の悪いヤツなのだか、コイツは勉強熱心で成績も良かったはずだ。
「院に進んだのか?」
「いえ、留年しました。」
ケロッとした顔でそんなことを言うものだから、一瞬言葉に詰まってしまった。
「俺、ちゃんと単位やったよな?」
「はい。上條先生の科目は全部単位いただいてます。ありがとうございました。」
風間は笑顔でそう答えた。
「それで何で留年するんだよ?」
「医学部の必修科目を落としてしまって…俺、医学苦手なんです。どちらかというと文系の方が向いてるみたいで…すみません、トイレいいですか?」
「あ、ああ。引き止めてすまん。」
文系なのに医学部って、医者の家系で無理やりってパターンか?なんだか、大変そうだな…
研究室に戻ってからもなんとなく風間のことが気になって論文が思うように捗らない。
アイツ誰かに似てる気がするんだが…長身で人当たりが良くて、真面目で…医学部…そうか…
犬耳と尻尾の生えた研修医の顔が頭に浮かんだ。
過去4年に担当した一般教養科目の名簿をチェックしてみたら、半分以上の科目に風間の名前が入っていた。
風間青嵐…『あをあらし』と書いて『せいらん』強い南風か。名前までアイツに似ている。
それにしても何で同じような科目こんなに取ってんだよ。文学が好きなら文学部に編入すればいいのに…何か事情があるのだろうか?
そんなことを考えている所に宮城教授が入ってきた。
「かみじょー、おはよー」
「おはようございます。何か用ですか?」
「さっき、教務に行ったらこれ渡されて、ついでにお前の分も貰って来てやった。」
教授が差し出したのは前期開講講座の時間割だった。
「ありがとうございます。」
「なんだか、今回も大変そうだなー」
「何がですか?」
「お前の担当科目が一限に2コマもある。」
「俺は一限からでも構いませんけど。」
「俺が困るんだよ…」
宮城教授は深い溜息をついた。
「何か問題でも?」
「2コマとも次の授業俺の科目。しかも必修!お前の授業受けてから来ると学生達疲れきってて、まともに授業できねーんだよな…」
「そんなこと言われても、俺は普通に授業してるだけですし。」
「あー…ヤダ!ヤダ!ヤダー!」
「ごねないでください!!そんなに嫌なら教務に言って俺の科目と入れ替えてもらえばいいじゃないですか!」
「一限は嫌だ!」
返す言葉がない。俺、なんでこんな上司の下で仕事してるんだろう…
「そうだ、宮城教授、風間っていう医学部の学生ご存知ですか?」
「風間…聞いたことねーな…医学部で俺の科目取ってるヤツなんていなかったと思うけど、そいつがどうかしたのか?」
「さっきトイレで会ったんですけど、留年したって言ってて。」
「理系の留年は珍しいことじゃないだろ?」
「そうなんですけど、そいつ俺の科目全部単位取ってるんですよね。どちらかというと文系だって言っていたので、文学が好きなのかと思ったんですけど教授の授業は受けてないんですね…」
一般教養なら俺よりも宮城教授の方が人気があるのに、どうして?首を傾げていると、教授が素朴な疑問を口にだした。
「トイレで会ったって言ってたけど、なんで医学部の学生が文学部の校舎にいるんだ?」
「文芸部とか漱石研究会とか文系のサークルにでも入ってるんじゃないですか?」
「今の時期は体育会系の本格部活動しかやってねーだろ?」
言われてみれば…その通りだ。じゃあ、アイツは何であんなところに?
教授に話したら、謎が更に深まってしまった。