☆彡夏のエゴイスト
□上條先生の特殊能力?
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7時限目の講義を終えて研究室に戻ると直ぐにパソコンを開いた。
書きかけの論文を読み返しながら考える。考察の部分がどうしても上手くまとまらない。
今日は野分が帰って来るから俺も早く帰りたいのだが、これだけはやっておかないと…
資料を再度確認しようと、机の上に山積みにされた本に手を伸ばす。
あれ?あの資料どこにやったっけ…読みかけの資料が見あたらず、どこに置いてきたのかと頭を捻った。
そうだ、さっきの授業…学生達に課題をやらせている間に読んでいたら、質問に来たヤツがいて黒板の前の棚に置いたんだっけ。そのまま持ち帰るのを忘れてしまった。
面倒だけど取りに行くしかないか…
溜息をつきながら席を立って、教室に向かった。般教だから別棟まで行かなくてはならない。忙しい時に限ってこういうヘマをしてしまう自分に腹が立つ。
階段を上っていると、学生達の話声が聞こえてきた。今日の授業はもう終わってるのにまだ残ってる奴らがいるのか…
教室にはまだ灯りが点いていて、数人の学生が残っているようだ。
ガラガラと扉を開けると、学生達の視線が一斉にこちらに集まった。
「ゲッ!!上條…先生…」
気まずそうな顔をしている者もいれば、あたふたしているヤツもいて明らかに挙動不審だ。
そんな中、落ち着き払ってこの状況を楽しんでいるような顔をしているのは角圭一。確か経済学部の学生で、高橋と一緒にいるところをよく見かける。
ということは…高橋もいるのか?よくよく見ると、学生達はポリバケツのような物を囲んでいて、高橋はそれを隠そうと必死になってバケツに覆いかぶさっている。
「お前達、何してるんだ?高橋!無駄な抵抗はやめろ。」
声をかけると、高橋はバケツから降りて恐る恐るこちらを振り向いた。
「すみません…」
高橋の方に近づいて行くと、傍に立っていた学生達が避けるように道を開けた。
黒板の前のスペースにシートが敷かれていて、中央に逆さまになったポリバケツが置かれている。
「これは?」
「えっと…これは…ですね…」
しどろもどろしている高橋を睨みつけていると、机で頬杖をついていた角が立ちあがった。
「上條先生、ナイスタイミングですね。ちょうどこれからメインイベントを始めるところだったんですよ。みんなでジャンケンしようと思ってたんですけど、折角なんで先生にお譲りします。」
「譲るって…何を?」
状況が把握できずにいると、高橋がポリバケツの上に付いている棒に手を伸ばした。
「先生、この棒をパチンと折ってみてください。」
「断る!訳のわからんことに俺を巻き込むな!神聖な学問の場にポリバケツなんか持ち込みやがって。さっさと、片付けろ!」
学生達を怒鳴りつけると、角が俺の手を掴んできた。
「そんなこと言わないで。よいしょっと♪」
手が棒に振れたかと思ったら、角と二人でパチンと倒していた。
「上條先生と初めての共同作業♪…なんてね。」
「ふざけるな!」
手をパシッと払いのけて睨みつけると、角はやれやれと言った風に肩をすくめた。
そうしているうちに、高橋と近くにいた学生が手早くポリバケツを持ちあげ始めた。
「おい…お前達、それどうするんだ。」
「見ててください。絶対感動しますから。」
高橋は慎重にバケツを持ちあげていく…なんか、甘い香りがしてきた。これって…
「ジャジャーン!!ポリバケツプリンの完成でーす!」
バケツが外れると同時に、歓声が沸き上がった。ポリバケツプリンって…
目の前に置かれた巨大なプリンに茫然としていると、高橋に皿とスプーンを渡された。
「よかったら先生も一緒に食べませんか?」
「はあ?」
「俺達、M大バケツプリン部なんです。」
角がわざとらしいスマイルを向けて、プリンをスプーンで掬った。
「はい、最初の一口は上條先生に…」
そう言ったかと思うと、いきなり口の中にスプーンを突っ込こまれてしまった。
「おい、やめ…んぐっ…あ…美味い…」
「大成功みたいだな。じゃあ、みんなで食べようぜ!」
角が声をかけると、高橋がプリンを皿に盛って配り始めた。なんなんだ、こいつら…
「上條先生もどうぞ。これ、ウサギさんの発案なんですよ。」
「秋彦の?」
そう言えばアイツ、前にバケツプリンは庶民の娯楽だとか電話で言ってたことがあったっけ。まったく、何考えてんだか…
まあ…これはこれで美味いし、部活動なら大目にみてやってもいいか。
貰ったプリンを食べながら、この後、残ったプリンの山をどうするつもりなのかと苦笑していると、背後からバタバタと何かが近ずいてきた。
「か〜み〜じょ〜!発見!!」
この声は…宮城教授…また俺に手伝いをさせるつもりで探していたようだ。
無視していると、いきなり物凄い勢いで飛び付いてきた。
「こんなところで何してるのかな〜♪」
「うぐっ…宮城教授、危な…」
バランスを崩して、危うくプリンの上に倒れそうになった。
「危ないじゃないですか!いきなり飛び付かないでください!!」
「すまん…あれ?これって…プリン?」
「はい!バケツプリンです♪」
高橋が、教授にプリンを差し出した。
「なんかスゲーの作ったな。お前、学生に何させてんの?」
「俺じゃありませんよ!なんか、部活動らしいです。」
「ふ〜ん…あ、これなかなかイケるな。」
宮城教授も美味しそうにプリンを食べている。
「上條、後で明日の授業で使うプリントのコピー手伝って。」
「それくらいなら構いませんけど、その代わり俺の論文も見て頂けますか?ちょっと行き詰ってしまって。」
「わかった。それはそうと、お前なんで教室に戻ったんだ?研究室にいないから探したんだぞ。」
そうだ、資料を取りにきたのをすっかり忘れていた。
「置き忘れた資料を取りに来たら、こいつらに捕まってしまって。もう戻ります。」
そう言って、食べ終わったプリンの皿を高橋に返した。
「サンキュ。美味かった。だけど食べ物は粗末にするな。残りのプリン、お前らで責任持って消化しろよ。」
高橋の頭をポンと叩いて、資料の乗っている棚に近づいた時…
ズルッ…
革靴がプリンの破片で滑った。ヤバい!…と思った瞬間
「先生、危ない!!」
今度は思いっきり突き飛ばされた。
(バシャ!!)
物凄い音を立てて、高橋がプリンに突っ込んだ。俺はプリンからは逃れたものの、黒板に額を勢いよくぶつけて倒れ込んだ。
「痛ってー…」
「あー…」
一瞬の静寂の後、学生達が大慌てで高橋の救出活動を始めた。宮城教授はふらついていた俺に駆け寄って支えてくれた。
「上條、大丈夫か?」
「大丈夫です。ちょっとくらくらするだけで…」
額に手を当てながらそう応えたものの、頭がズキズキして足元もふらついている。
「医務室に連れてってやるからしっかり掴まれ。」
そう言いながら、教授は肩を貸してくれた。
「上條先生、大丈夫ですか?」
心配そうな学生の声も聞こえてくるが、頷くのが精いっぱいだ。
「お前達、後片付けちゃんとしとけよ。高橋は家の人に着替え持ってきてもらえ!」
教授が指示を出す声が頭に響く…もう無理…身体から力が抜けてそのまま意識を失った。