☆彡夏のエゴイスト
□深夜のティータイム
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今日も一日忙しかったなぁ…
このところ寒暖の差が激しくて体調を崩す子供が後を絶たない。
おまけに、溶連菌やりんご病も流行っていて、外来のヘルプに入ることも多くなった。
感染症は抵抗力の弱い子供に多いけれど、大人がかからないというわけでもないし、たとえ医者であっても例外ではない。
小まめに予防策をとっていたら、手を洗いすぎて手のひらがカサカサになってしまった。
雨が止んでいるうちに家に帰ろうと自転車を飛ばしてきたら、部屋の灯りがまだついているのが見えた。
ヒロさん、まだ起きてるのかな?
もうすぐ日付が変わる時間だ。灯りがついていても、ヒロさんはリビングで寝落ちしていることもあるからちょっと心配になる。
初夏とはいえ、今夜は少し肌寒い。リビングで寝たりして風邪をひかないといいけど…
駐輪場に自転車を置くと、走って部屋に向かった。
「ただいまです。」
玄関の扉をそっと開けると、石鹸の良い香りが廊下に漂っていた。浴室からはザーザーと水が流れる音が聞こえる。
良かった。ヒロさん、お風呂に入ってるんだ。
俺も一緒に入っちゃおうかな…でも、そんなことしたらヒロさんに怒られちゃうよね。
ソファーに荷物を置いて、キッチンで手洗いとうがいをした。何か温かいものが飲みたいな。
ヒロさんももうすぐ上がるだろうし、寝つきが良くなるようにホットココアでも淹れよう。食器棚からカップを取り出す。
プレゼントした当初は恥ずかしがってなかなかヒロさんに使って貰えなかったお揃いのマグカップも、今では当たり前のように食器棚の最前列に並べられている。
甘さ控えめのココアと、ミルクたっぷりのココアを用意して、リビングのテーブルに並べた。
シャワーの音はもう止まっている。ヒロさん来ないかな…早く会いたい。
ソファーに座って暇つぶしにTVでも見ようとリモコンに伸ばした手を慌てて止めた。この時間帯って怪しい番組が多いんだった。
前に、TVをつけっぱなしにしてぼーっとしていたらいつの間にか下ネタ系の番組が始まっていて、トイレに起きてきたヒロさんに気まずい思いをさせてしまったのを思い出した。
何となく手持無沙汰でキョロキョロしていたら、テーブルの下にヒロさんの読みかけの本が落ちているのに気付いた。
拾い上げて表紙を見ると、数日後に発売される予定の宇佐見さんの本だった。TVや新聞広告でもよく取り上げられている話題のシリーズの最新作だ。
発売前に宇佐見さんが送ってくれたものなのだろう。そんなのはいつものことだけど、やっぱりモヤモヤしてしまう。
テーブルの上に本を置こうとしたら、栞が斜めになってスルリと抜け落ちそうになった。危ない危ない…
栞を挟み直そうとページを開くと、そこに挟まっていたのは栞ではなくて…
ビックリして今度は本を落としそうになってしまった。これって、俺の…
先週、病院で飾った笹飾りの短冊。そこには『ヒロさんを絶対に幸せにします!』という俺の決意が力強い文字で書かれている。
七夕が終わって、業者さんが片付けてしまったはずだけど…ヒロさん、いつの間に?
数日前、着替えを持ってきてくれた時、ヒロさんの顔が赤くて病院で感染症にかかったのではないかと心配したことを思い出した。そうか…あの時…
短冊を丁寧に本の間に挟んで、本を置いた。
嬉しい。ヒロさんが、俺の書いた短冊を栞代わりにしてくれているなんて、幸せすぎます!
今直ぐ脱衣所に飛んで行ってヒロさんに抱きつきたい気分だけど、頬をパンパンと叩いて理性を保った。
多分、これはヒロさんにとっては恥ずかしくて知られたくないことなんだ。俺が嬉しいことはヒロさんにとっては恥ずかしいことらしい。
だから、これは見なかったことにしてあげるのがマナーだよね。
ヒロさんが可愛すぎて、頬が緩む。今夜は歯止めが効かなくなってしまいそうだ。