☆彡夏のエゴイスト
□なんとなく特別な日
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仕事帰りに野分と一緒に晩飯を食べに行く約束をした。野分と出かけるのは久しぶりだからほんの少しだけワクワクする。
とは言っても、浮ついた気持ちで仕事をするわけにもいかず、学校では平静を装った。
宮城教授に悟られないように気をつけていたのだけれど、定時までに仕事を片付けようと気合を入れていたら見事にバレてしまった。
プライベートなことで俺をからかうのはいい加減やめて欲しいのだが、俺が嫌がるほど教授は面白がるからたちが悪い。
それでも、俺に頼むつもりだった仕事の指示を出さないまま退散してくれる気遣いには感謝している。さり気なくそういうことをしてくれるからいつまでたっても教授には頭が上がらない。
そんなわけで、無事に定時で仕事を終えて待ち合わせの駅に向かった。
駅前のビルの時計は約束の時刻の40分前を指している。ちょっと早すぎたか…
野分を待つ間は、もうすぐ会えるという期待とまたドタキャンされるかもしれないという不安で心が乱される。
だけど、そんなことにはもう慣れてしまった。あまり期待せずにダメ元で待っていれば大丈夫だ。
待たされるのを覚悟でいつものように壁に寄りかかって時計を見上げていると
「あの〜、俺を無視しないでください。」
斜め上から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「野分!?お前、いつからそこに?」
「さっきからずっといましたよ。ヒロさん、俺に気がつかないで待機モードに入っちゃうからどうしようかと…」
「すまん!まさかお前が先に来てるなんて思いもよらなかったから。」
「アハハ…俺、いつもヒロさんを待たせてばかりですもんね。」
苦笑する野分を見て一抹の不安がよぎる。
「お前、まさか病院クビになったんじゃ…」
「大丈夫です。予定より早く仕事が終わっただけです。だけど…」
野分はぼんやりとビルの時計を見上げた。
「ヒロさん、まだ待ち合わせの40分前ですよ。いつもこんなに早くから俺のこと待っていてくれているんですか?」
野分は申し訳なさそうに俺の顔を見つめた。
「そんなしょぼんとした顔すんな!俺が勝手に早く来てるだけなんだし、そんなの一々気にしなくていいから。」
「でも嬉しいです。いつも待たせてしまって申し訳ないとは思っているんですけど、ヒロさんが俺を待っていてくれると思うと本当に嬉しくて幸せな気持ちになるんです。」
「あー…そう///」
ちょっと照れくさいけど、野分の嬉しそうな顔を見たらついこっちまで嬉しくなってしまう。
「ヒロさん、ご飯どこに食べに行きますか?ヒロさんの食べたいもので…いえ、ヒロさんの食べたいものがいいです。」
「じゃあ…お前の手料理が食いたい。」
野分が疲れているのはわかっているのに、いつになく我儘を言ってみる。野分にこんなに早く会えることなんて滅多にないから、なんとなく今日は特別な気がして…
俺が一番食べたいのは野分の手料理だし、嘘は言ってねーからな。
「いいですよ。じゃあ、買い物して帰りましょう。」
野分が歩きだしたので、隣に並んで歩く。野分が人通りが少ない道を選んでいるのに気付かない振りをしながら…
人が途絶えたところでどちらからともなく手を繋いだ。
「ヒロさん、ドキドキしてます。」
「バカっ!人に見られたらと思って緊張してるだけだ。」
「俺がですよ。ヒロさんもドキドキしてるんですね。」
くそー…墓穴を掘ってしまった。悔しくなって乱暴に振り解こうとした手を野分がギュッと握った。
「大丈夫です。」
って…何がだよ。だけど、手から伝わる野分の体温を感じているとほっとする。こいつと一緒ならきっと、何があっても大丈夫だ。
いつまでもこうしていたい気分だったけれど、裏道を抜けると同時にパッと手を放した。スーパーまではあと少しだ。