☆彡春のエゴイスト
□待ち人来たりて
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ソファーにゴロンと寝そべって、秋彦から送られてきた新刊を開いた。
今回はミステリーか…最初の数行を読んだところで数ヶ月前に意見を求められて一読したことのある作品だとわかった。
犯人はわかってるけど、秋彦のことだからあの後結構手を入れているはずだ。それに、秋彦の書く小説には結末がわかっていても何度も読み返したくなるような味わいがある。
夢中になって読んでいると、ふわりと何かが被さってきた。
「ヒロさん、そんな恰好で読んでいると風邪ひきますよ。」
どうやら野分が毛布をかけてくれたようだ。
「悪いな。でもちゃんと服着てるし、風邪なんかひかねーよ。」
本から目を反らすことなく、ちゃっかりと毛布を手繰り寄せる。
「春だからといっても、お風呂上がりにTシャツ1枚でゴロゴロするのは良くないですよ。」
どこからか野分の小言が聞こえてきた…気がする…やっぱ、秋彦の本、面白れー!
「ヒロさん、聞いてますか?」
「うん…俺のことは心配するな。お前、先に寝ていいぞ。」
野分には悪いが、今はこの本を最後まで一気に読んでしまいたい気分なんだ。
暫くしてパタンと静かにドアが閉まる音が聞こえた。
俺が一向に本から目を放さないので、野分は呆れて寝室に行ってしまったようだ。
構わずに読み進めていると、またパタンとドアの音がした。数分後、今度はコーヒーのいい匂いが漂ってきた。
「ヒロさん、コーヒー淹れました。」
「サンキュー…」
「俺もここで本読んでもいいですか?」
「ああ。」
静かなリビングに、ページを捲る音とカップを置く時の微かな陶器の音だけが響き渡る。心地良い静けさの中、本の世界に没頭していった。
物語がクライマックスに差し掛かった時、沈黙を破るように野分の声が響いた。
「その本、宇佐見さんのですよね?面白いですか?」
「うん、ミステリーなんだけどスゲー面白いぞ。お前も読むか?」
「俺の顔を見る余裕もないくらい面白いんですね…」
野分の寂しそうな声に、ふと顔をあげて野分の方を見ると思いがけずしょぼんとした様子でこちらを見つめていた。
「ごめん。これ読み終わったら相手するし…そんな顔すんなよ。」
そう言って、本に目を戻すと野分はポツポツと話始めた。
「夕飯のときだって、ヒロさんずっと論文書いてて俺のこと見てくれなかったじゃないですか。」
「仕方ねーだろ、早く仕事片付けてこれ読みたかったんだから。」
「お風呂も一緒に入ってくれなかったし…」
「何で家の風呂に男二人で入らねーといけないんだよ!」
「俺、明日から…」
「仕事だろ!わかってるよ。もうすぐ読み終わるからちょっと待ってて。話なら後で聞くし…」
「ヒロさん…」
そのまま野分が何も言わなくなったので、再び本に集中した。
最後のページを読み終えてパタンと本を閉じた。目を閉じると物語の余韻がじわじわと込み上げてくる。
すぐに秋彦に感想を伝えたくなって携帯を取り出した。電話をかけようとして画面を見ると表示時刻が2時を回っている。
げっ!もうこんな時間かよ!感想はまた明日だな。早く寝ないと明日の仕事に差し支えそうだ。
いつの間にかコーヒーカップが片付けられていて、野分の姿もなくなっている。
野分、もう寝てるよな…そう言えば、今日は夕方からずっと一緒にいたのにあまり構ってやれなかったな…
明日、ちゃんと謝らねーと。
そんなことを考えながらも、眠気が襲ってきたので、急いで寝室に入り、そのままベッドに潜り込んだ。