☆彡春のエゴイスト
□春彼岸
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食事の支度をしていると、ガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえてきた。
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
玄関まで出て行くと、ヒロさんは靴を脱いでいるところだった。鞄を受け取って待っていると、ヒロさんがクスリと笑った。
「どうかしましたか?」
「いや…お前、犬みたいだなと思って。俺が帰ってきたのがそんなに嬉しいのかよ。」
自分では気が付かなかったけれど、無意識のうちに頬が緩んでいたようだ。
「はい。ヒロさんに会えて嬉しいです。」
そう言って抱き締めようとしたら、スルリと避けられてしまった。
「バーカ!一緒に住んでるのにそんな感動の再会みてーな真似すんな!」
ヒロさんはスタスタと自室に入っていってしまったけれど、心なしか足取りが軽くて嬉しそうだ。もしかして恥ずかしかったのかなぁ?
俺も食事の準備をしにキッチンに戻る。
今日は珍しく日があるうちに帰宅することができた。しかも、明日は休みだ。
本当は出勤日なのだけれど、先月、土曜日の勤務を代ってあげた先輩が埋め合わせにと勤務を交代してくれて、久しぶりに土曜日に休めることになった。
ヒロさんも休みだといいな…
通常ならヒロさんは土日が休みだ。でも、年度の変わり目のこの時期は休日出勤することも珍しくない。
ヒロさんの予定が気になってちょっとだけドキドキしながら待っていると、ヒロさんが入ってきた。
「ご飯できましたよ。冷めないうちに食べましょう。」
声を掛けると、ヒロさんは椅子に座って並べられた料理をしげしげと見つめた。
「お前、疲れてるのによくこんな凝ったもん作れるな。たまには手抜いてもいいんだぞ。」
「大丈夫です。このメニュー、見かけは凝ってるように見えますけど意外と簡単なんですよ。それにヒロさんには美味しい物を作ってあげたいんです。」
にっこりと微笑んで見せると、ヒロさんはドキッとしたように顔を赤らめた。それから、ちょっと俯いて頬をパンパンと叩いてから
「いただきます。」
と手を合わせた。
食事をしながら、早速明日の予定を聞いてみることにした。
「ヒロさん、俺明日休みになったんですけど、天気が良かったら久しぶりに出かけませんか?」
「明日は墓参りに行って、その後実家に顔出そうと思ってたんだけど…」
「そう…なんですか…」
ヒロさん、予定があるんだ…やっぱり前日に急に誘われても困るよね…
顔に出さないように努力しようとしても、どうしてもしょんぼりとなってしまう。
「お前も一緒に行くか?」
えっ?一瞬、耳を疑った。ヒロさんの方を見ると、気にする様子もなく箸を動かしている。
「俺が行ってもいいんですか?」
「墓参りと実家だから別に楽しくはないと思うけど、暇ならついてこいよ。」
それって…ヒロさんのご先祖様とご両親にご挨拶できるってことですよね…
嬉しすぎてぽわ〜んとなっていたら、ヒロさんが箸を置いて心配そうに俺の顔を見つめてきた。
「顔赤いけど、大丈夫か?」
「あ…だ、大丈夫です!嬉しくてぼーっとしちゃっただけです。」
「墓参りに行くのがそんなに嬉しいのか?」
「俺、墓参りってしたことないので楽しみなんです。」
「あー…そっか…」
あ…またヒロさんを困らせてしまった。ヒロさんは優しいから、俺が孤児院出身だと思い起こさせるような発言をしたと気付くと少し戸惑った様子を見せる。
「あ、深い意味はないので気にしないでください。それに、ヒロさんのご両親にお会いできるのも楽しみなんですよ。」
「父さんは仕事でいないんだ。でも、母さんはお前に会いたがってたから喜ぶと思う。」
「本当ですか?」
ヒロさんのお母さんが俺に会いたいって…嬉しい!嬉しすぎます!
「ああ、でも、うちの親おしゃべりだからまともに相手してると大変だぞ。適当に流してくれていいから。」
「俺、ヒロさんのお母さんと色々お話してみたいです。」
ヒロさんのお母さん、どんな人なんだろう?ヒロさんのアルバムに何枚か写真があったけど、和服がとてもよく似合って上品で優しそうな感じの人だったっけ…
「お前がいいなら構わないけど、余計なことは言わないようにしろよ!」
「余計なことって何ですか?」
「前にしたいって言ってた結婚の挨拶…みてーなこととか///」
「ダメ…ですか?」
「当たり前だろ!」
俺は言いたいです…ちゃんとご挨拶してヒロさんのご両親にも認めてもらいたいと思うのは俺の我儘ですか?
シュンとしていると、ヒロさんは困ったように髪を掻きあげた。
「悪い…俺もお前のこと堂々と親に紹介してやりたいとは思ってるんだが…今はまだ心の準備ができてないっていうか…怖いんだ…」
ヒロさんの気持ち、なんとなくわかる…俺とヒロさんでは立場が違うんだ。
ヒロさんはいい家の一人息子だから、きっとご両親の期待も大きいに違いない。俺を選ぶということはご両親に孫の顔を見せてあげられないということで…
申し訳ないとは思っているけど、それでも俺はヒロさんが好きなんです。
「わかりました。ヒロさんの準備ができるまで待ちます。だから、そんな辛そうな顔しないでください。」
ヒロさんの頭を撫でて微笑んで見せると、ヒロさんは安心したように頷いた。