☆彡春のエゴイスト
□上條先生の恋人は…
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(コンコン…コココン…ドンドン!)
研究室の扉をノックする音が妙に騒がしい。あいつ等だな…
扉を開けると、晴れやかな表情をした学生達が集まっていた。
「上條先生!四年間お世話になりました!」
あっという間に、取り囲まれてしまった。
「無事に卒業できて良かったな。卒業おめでとう。」
スーツや袴姿で卒業証書を手にした学生達を見て思わず頬が緩む。
今日は卒業式、式が終わって俺が担当していたゼミの学生達が挨拶にきたのだ。
幸い留年した者もなく、皆それぞれに進路も決定している。
ゼミ長をしていた学生が大きな包みを差し出してきた。
「これ、俺達からの感謝の気持ちです。上條先生は授業中は鬼のように怖かったけど、その厳しいご指導のおかげで全員揃って卒業することができました。ありがとうございました!」
笑顔の者も泣いている者もいるが、皆口々に感謝の言葉を述べてくれる。学生達の成長ぶりを見て、この職業に就いて良かったと心から思う。
「ありがとう。これ、開けてもいいか?」
包みを受け取ると、大きさの割に軽くてなんだかふわふわしている。
「どうぞ!皆で相談して選んだんです。気に入っていただけるといいんですけど…」
黄色いリボンをほどいて袋を開けると、中から愛らしいパンダの縫いぐるみが出てきた。
かわいい!!
思わず緩みそうになった頬を引き締めて、眉間に皺をよせる。
「おい…テメーら、鬼の上條を舐めてんのか!」
「ひや〜」「わ〜」「キャー!」「ごめんなさ〜い!」
学生達がワザとらしく大げさに悲鳴をあげるので、プッと吹き出してしまった。
「お前ら全然怖がってねーだろ。サンキュー!大切にするよ。」
パンダを丁寧に袋に戻していると、ゼミ長がにこにこしながら話を続けてきた。
「それで、5時からゼミで卒業祝いの飲み会をするんですけど、上條先生も来ていただけませんか?」
「ん?別にいいけど。そういうのはお前達だけの方が盛り上がるんじゃないのか?」
「俺たちは社会人になっても気軽に集まって飲んだりできますが、先生と飲みに行けるのはこれが最後だと思うので是非。」
「そうか。じゃあ、行かせてもらうか。でも、全員分奢るのは無理だからな!」
「わかってますよ。店の場所ここに書いてあるので、絶対に来てくださいね。」
メモを受け取って場所を確認すると、ゼミの飲み会で何度か利用したことのあるチェーン店だった。
「わかった。仕事終わったら行くから。」
ガヤガヤと雑談しながら帰っていく学生達を見送ってから、研究室に戻った。
野分にメールしとかねーと。
『お疲れ。卒業祝いの飲み会に行ってくる。』
送信!っと。
野分も遅くなるって言ってたし、帰ってこねーかもしれないから、多少遅くなっても大丈夫だよな。
携帯をしまっていると、突然扉が開いて宮城教授が入ってきた。
「か〜み〜じょ〜!」
「宮城教授!入るならノックくらいしてください。ビックリするじゃないですか!」
「すまん…今日でお別れかと思うと感極まってしまって。」
教授は俺の方に駆け寄るとギューギューと抱きついてきた。
「ちょっと、宮城教授…放して下さい!」
絡まれた腕を力いっぱい跳ねのける。
「今日でお別れって…教授、転勤でもするんですか?」
「ううん。しない。」
「俺もしませんけど…」
「あーあ、学生達に便乗して上條と感動の別離を味わおうと思ったのに…引っかからなかったか。」
「宮城教授…」
「今日はめでたい日なんだから、怒らない怒らない♪あれ?それって学生達から?」
テーブルの上の包みに気付いて、教授が尋ねてきた。
「はい。」
「ずいぶんデカイ包みだなー、何が入ってたんだ?」
「パンダの…縫いぐるみです…」
「あー、お前パンダ好きだもんなー。」
「俺、パンダが好きだなんて言った記憶ないんですけど…なんで皆知ってるんでしょうね?」
「そりゃー、まあ自然とな…」
意味がわからない。
鬼の上條がパンダ好きだなんてイメージダウンも甚だしい。来年度は気を付けねーとな…
「俺も花束と一緒にプレゼント貰ったぞ。」
「もしかして、自慢しに来たんですか?」
「僻まない僻まない♪俺のは4月始まりの芭蕉卓上カレンダー。月毎に季節に合った俳句が書かれてるんだ。こういうの売ってるんだな〜」
「よかったですね。」
「俺も芭蕉好きだなんて言ってないのになぁ」
言ってる!何度も言ってるぞ!バカバカしいと思いながらも心の中でつい突っ込みを入れてしまう。
「宮城教授、俺まだ仕事が残ってますので用がないなら出て行っていただけますか?5時までに区切りつけたいので。」
「ああ、ゼミで飲みに行くのか。お前、酒強くないんだから飲みすぎるんじゃねーぞ。」
「わかってます!」
宮城教授を追い払うと、気を取り直して机に向かった。
半分開かれた窓から桜の花びらが風に乗ってひらひらと机の上に舞い落ちる。
うららかな昼下がり。季節はもうすっかり春だ。