☆彡春のエゴイスト

□微笑みの向こう側
1ページ/6ページ


「ヒロさん、起きてください。ヒロさん。」

優しい声で名前を呼ばれて、心地良い眠りの淵から引き戻された。目を覚まして、起き上がろうとすると背中にズキズキと鈍い痛みが走る。

何だか身体が固くなったような感じがして、両手を上に挙げて背筋を伸ばそうとしたら今度は天井に手がぶつかった。

ん?どこだここ?

半分寝ぼけたままキョロキョロと周りを見回すと、何故か隣に宮城教授が座っていて、呆れ顔で俺の方を見つめている。

宮城教授?…ここは…車の中?

だんだんと意識がはっきりしてきて、慌てて飛び起きた。

「すみません!俺、爆睡してたみたいで。」

「やっと目が覚めたみたいだな。草間君がお待ちかねだぞ。」

教授に言われて、反対側を向くと野分が立っていた。野分は車のドアを支えながら心配そうに俺を見つめている。

「ヒロさん、荷物どこですか?俺、運びます。」

「ああ、えっと…鞄は」

あれ?確か膝の上に置いていたと思うんだけど、これは…教授のコート?

いつの間にか掛けられていたコートを手にキョトンとしていると、宮城教授がフッと笑った。

「草間君、鞄後ろにあるから持って行って。上條はコート返して。」

「はい、ありがとうございます。」

教授にお礼を言うと、野分は後部座席のドアを開いて鞄とボストンバッグを手際良く取りだした。俺も、手に持っていたコートを教授に返す。

「あ…ありがとうございました。」

「お前に風邪ひかせたりしたら草間君に合わせる顔がないからな。」

そう言いながら教授はコートを受け取って、後部座席に投げた。

車から降りながら、教授にお礼を言った。

「送っていただいて、ありがとうございました。」

「ああ、明日も仕事なんだから今日は早めに寝ろよ。お前、2日間気合入れっぱなしだったからな。」

「教授もお疲れなのにすみませんでした。」

学会のため宮城教授と一緒に2泊3日の出張に行ったのだが、会場が交通の便が悪い場所だったため、今回は電車ではなく教授の車に同乗させてもらった。

教授の研究発表が主で、俺はその手伝いと勉強のために同行したのだが、著名な教授陣の奥深い研究内容に心を奪われてつい夢中になってしまった。

ホテルに戻ってからも明け方まで資料を読みあさって、ほぼ2日間寝ないでいた結果…帰りの車の中で爆睡してしまったというわけだ。

教授の方が疲れているはずなのに、長距離運転させた上に、隣で寝こけるなんて部下として最低だ。明日から暫くは進んで教授の手伝いをしないとな…

「では、また明日。おやすみなさい。」

挨拶をして車のドアを閉めようとしていると、突然野分が遮ってきた。

「宮城教授、うちのヒロさんがお世話になりました。これ、よかったら晩御飯に召し上がってください。」

そう言って、野分はにこにこしながら教授に紙袋を手渡した。

「おっ!筑前煮か〜。ご丁寧にどうも。」

教授も紙袋の中身を見て嬉しそうに微笑んでいる。

「じゃあ、また明日な!遅刻するんじゃねーぞ。」

野分がドアを閉めると、宮城教授は俺に向かって軽く手を振ってから車を出した。

教授の車が見えなくなると、野分は俺の側に寄って遠慮がちに手を握ってきた。

「ヒロさん、行きましょう。晩ご飯できてますよ。」

「ちょっ…放せよ!」

野分の手を振り払って、睨みつける。

「テメー、余計なことしてんじゃねーよ!」

完全に八つ当たりだ…

野分の態度が大人っぽく見えると同時に、自分がガキ臭く思えてなんとなく悔しかったから、思ってもいない台詞を言ってしまった。

「すみません。でも、風邪ひくといけませんから、早く中に入りましょう。」

野分は俺の両肩を軽くポンと叩くと、俺に歩調を合わせるようにゆっくりと歩き出した。何だか野分の背中がいつもより大きく見える。

さっきの野分の手、いつもよりも冷たかった。一体いつから外に出て俺の帰りを待っていたのだろう…

エレベーターを降りて部屋に向かう途中、野分の背中に向かって

「ごめん…」

小さな声で謝った。

野分は玄関の扉を開けると、いつもと変わらない笑顔を俺に向けてくれた。

「ヒロさん、お帰りなさい。」

「ただいま。」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ