☆彡春のエゴイスト
□梅香るころ
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「ただいまです。」
家で野分に会うのは10日ぶりだ。
「お帰り。」
本を片手にリビングから声をかけると、野分はスタスタと急ぎ足で近づいてきて、リビングに入るなり俺をギュッと抱きしめた。
「ヒロさん、やっと会えた…」
「4日前に着替え持って行った時に会っただろ!」
「それはそうなんですけど、病院だとこういうこと出来ないじゃないですか。」
野分はそう言いながら、俺の顎を指で持ち上げてただいまのキスをした。
「だーかーら、いつの時代の新婚夫婦なんだよ!恥ずかしい!」
野分は俺の反応を見てクスクス笑っている。
「あ、お前にエアメール来てるぞ。届いたの一昨日だったかな…」
数日前に野分宛てのエアメールが届いた。差出人はカーター博士、野分が留学中に世話になっていた大学の姉妹校の教授だ。
気になったけれど、人の手紙を勝手に開けるわけにもいかないから、早く野分が帰って来ないかと内心ヤキモキしていたところだ。
「エアメールですか?」
野分はテーブルの上に置かれていた封筒を丁寧に開けた。
「カーター博士…」
野分が手紙に目を通している間、興味のない振りをして本の文字を追っていたけれど、内容は全く頭に入って来ない。
どうせ俺には関係ない話だろうけど…ただ、なんとなく不安で…イライラする…
野分は読み終わると手紙を畳んでまた封筒に戻し、俺の隣に座った。
それから甘えるように俺の肩に頭を乗せると目を閉じてしまった。
「重い…」
「すみません。でも、ちょっとだけ。今ヒロさんに甘えたい気分なんです。」
「手紙、何だったんだ?」
「カーター博士が助手を探しているみたいで、誘われちゃいました。」
「また留学するのか?」
「しませんよ。もうヒロさんから離れないって決めたんです。」
野分は目を閉じたまま穏やかな声でそう答えた。
カーター博士は小児科の世界的権威の教授だと前に野分に聞いたことがある。そんな人の誘いを断っていいのか?
俺のために?
野分は留学はしないと言ってくれたけれど、本当は迷っているのかもしれない。
野分の重みを肩に感じながら、読みかけの本をそっと閉じる。
目を瞑ると仄かな梅の香りが鼻をついた。
梅の花言葉は高潔…俺がすべきことは日本文学の研究と、野分の幸せを願うこと。そのためならどんなに辛いことでも乗り越えられる。
もしも、俺が福岡に行くと言ったら、野分は俺にとらわれることなく自分の道を真っすぐに進むことができるのだろうか…