☆彡春のエゴイスト

□梅香るころ
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研究室で論文をまとめていると、宮城教授が入ってきた。

「上條、大事な話があるんだけど今時間あるか?」

何だかいつもと様子が違う。話って何だろう?

「大丈夫ですよ。」

教授がソファーに座ったので、パソコンをスリープ状態にして教授の前の椅子に座った。

「K大学の田中教授、知ってるか?」

「はい、大学院でお世話になっていました。K大に移られてからも学会で何度かお会いしています。」

「この前、お前が発表した論文に田中教授が興味を持ったみたいで、一緒に研究をしないかとの誘いが来たんだが。」

田中教授とは研究対象が被ることが多く、学ぶことも多い、一緒に研究ができるのはチャンスだと思うけど…K大は福岡だ。

「あー、今直ぐにってことでもないんだが、一度福岡に行ってみないか?田中教授から直接話を聞いた方がいいと思うし。」

「そう…ですね。」

「俺としてはここに残ってくれると助かるんだが、お前、芭蕉にはあまり興味ないし田中教授の方が研究対象が近いだろうから、お前が好きなように決めてくれていいから。」

宮城教授は少し考え込むように頭を掻いた。

「ありがとうございます。考えてみます。」

反射的にそう言ったけど、何となく気持ちは固まっている。

「ああ、大事なことだからじっくり考えて決めな。俺も論文書かないと、上條がいなくなったら誰が俺の資料集めてくれるんだよ〜。…なーんてな。」

そう言って部屋から出ていった教授の後姿はなんとなく寂しげだった。

論文が認められたことは嬉しいし、田中教授の下で研究できるのは光栄なことだ。昔の俺なら手放しで喜んでいたと思う。

でも、今の俺には野分がいる。

野分が留学したときは1年で帰ってこられたけれど、俺の研究には終わりは無い。K大に移ったらもうこっちへは戻って来られないかもしれない。

研究はこっちでもできるし、野分と離れてやっていける自信は無い。

自信が無いとか以前なら考えられなかったことだけれど、情けないことに俺はそんなに強い人間じゃなかったみたいだ。

それに、宮城教授を放っておくのも心配だしな…

田中教授にはちゃんと断らないと。

そう思いながらも、気が付けば、田中教授の論文が掲載されている雑誌を捲っている。

断ったら…後悔することにならないだろうか?

もしも研究よりも野分を選んだことを知ったら、野分は喜んでくれるのだろうか?

まだほんの少しだけ、迷ってる…
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