純情エゴイスト〜のわヒロ編6〜
□チューリップが咲いたら
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これは…ちょっと…マズイかも…
今朝、チューリップの花が咲いた。
去年の秋に野分がバイト先の花屋で球根を貰ってきた。なんでもチューリップを育てるには冬の寒さに晒す必要があるらしい。
楽しそうに球根を植えている野分の姿を思い出す。
野分は、愛情を注いでやると綺麗な花を咲かせるのだと言って、鉢に『ヒロさん』と勝手に俺の名前を書いて、土の中の球根に向かって話しかけていた。
なんだか照れ臭くて、対抗するようにもう一つあった鉢に『野分』と名前を書いてやった。
どっちが先に花を咲かせるか競争だとか言って、笑いあったっけ。
あまり帰宅できない野分の代わりに水やりをしようと申し出たのだが、秋冬はあまり水をやらなくて良いので大丈夫だと言われたので、そのまま忘れて放置していた。
それでも、土の中で球根は見事に育ち…春になって芽が出てきた。
それを見つけた野分が花が咲くのを楽しみにしているようだったので、数週間前から毎日水やりをして成長を見守っていたのだが…
先に花を咲かせたのは『野分』だった。黄色の大輪の花を元気いっぱいに咲かせていて、背丈も高い。
周りに水色の小さな花も咲いた。雑草なんだろうけど、可愛らしい花だし、野分に肩車をせがむ子供達のように見えたからそのままにしている。
それは良いのだが、問題は『ヒロさん』の方だ。
芽を出したまでは良かったのだが、その後何故か茎が二股に分かれた。その上根元付近からもう1本茎が伸びてきて…
ピンク色の花が3つ仲良く咲いている。
これが、ただのチューリップなら得した気分で良いのだが、俺の名前が付けられてしまっているのだ。
野分は先週から帰宅しておらず、まだこの状況を知らない。
野分がこれを見たらどう思うだろうか?1つは俺だとして…あとの2つの花は?
秋彦や宮城教授を連想されてしまうと非常にマズイ…
そして、カレンダーの予定通りなら今日の昼過ぎに野分が帰って来るのだ。
どうする?
カラスに荒らされて鉢が割れてしまったことにするか?いや、ダメだ!健気に咲いている花をこっそり捨てるなんてできねー!
どこかに隠す?って、鉢が忽然と消えるなんてありえねー。無くなった理由とか思いつかねーし。
職場に持って行くか…綺麗に咲いたから研究室に飾ったって言えば…
野分の物なのにそれは自分勝手過ぎる。俺、メッチャ自己中で嫌なヤツじゃん。
だけどこれを野分に見せるわけには…
野分のバイト先の店長に頼めば他の鉢と取り替えてくれるだろうか?さり気なくすり替えておけばわからないかも…あ、鉢に名前書いてあるんだった。
油性のマジックで野分の文字で大きく『ヒロさん』と書かれてしまっている。すり替え作戦もダメか〜
あれこれと考えを巡らせてみたが、名案が思い浮かばないうちに出勤時刻になってしまった。
もう、どうにでもなれ!
野分が拗ねたら、俺がフォローしてやればいいだけのことだ。今夜は眠らせてもらえなくなるかもしれないけど仕方ない。チューリップのために身体張ってやる!
「行ってくる!」
チューリップに向かってそう言うと、『いってらっしゃい』と見送るように細長い葉がヒラヒラと揺れた。
いつの間にか日も長くなり、6時近くになっても周囲はまだ明るい。
「ただいま。」
玄関扉を開けると、大きな靴が揃えて置いてある。野分はもうあれを見たのだろうか…
靴を脱いでいると、リビングの方から野分の声が返ってきた。
「お帰りなさい。」
暗く沈んでいる様子でないことにホッとする。
リビングに入ると、窓が開いていて、風でカーテンがヒラヒラとなびいている。
窓枠に腰を下ろして野分はバルコニーを眺めている。
「ヒロさん、ヒロさん!チューリップが咲きましたよ。」
「うん…咲いたな…」
何で俺がこんなに後ろめたい気持ちにならなきゃならんのだ。あれは俺じゃねー!俺と同名のチューリップだ。
「ヒロさん、3つも花をつけるなんて凄いです!」
「んー?そうか?」
どうやら俺の取り越し苦労だったようだ。素直に喜んでいる様子の野分を見て、苦笑してしまう。
なに意識してんだよ。秋彦と宮城教授とか…
はっ!!俺、もしかして…心の奥で野分に嫉妬して欲しいとか思ってたのでは!?
いやいやいや…ない!ない!そんなことありえないっ!!
「ヒロさん?ソファー蹴飛ばしたりしてどうしたんですか?」
「あっ、いや、なんでもねー///」
「気になります。大学で嫌なことでもあったんですか?」
「別に…ピンクのチューリップとか乙女過ぎていたたまれなくなっただけだ。」
そうそう、野分は黄色なのに何で俺はピンクなんだ!赤とか白とか他にあっただろーに…
「ピンク、可愛いですよ。ヒロさんにピッタリです♪」
「何度も言ってるが、男が可愛くてもしょーがねーんだよ!ボケカス!」
「真ん中の花がヒロさんで、こっちのそっぽ向いてるのがツンツンなヒロさん、こっちの小さいのが素直な方のヒロさん。ヒロさんと2人の妖精さんみたいです♪」
そういやそんな奴らもいたな…
信じがたい話だが、俺の中にはツン担当とデレ担当の2人の妖精が住んでいる。身体は小さいが、俺に瓜二つで…出て来られるといたたまれない気分になる。
特に素直な方は野分に甘えまくっていて、嫉妬でイライラしてしまうこともある。俺が言いたくても言えないことをズバズバ言うし…
「あの二人かよ。最悪…」
「えーっ!そんなことないですよ。二人とも可愛いです。だけど…」
「なんだよ?」
野分はスッと立ち上がると
「このヒロさんが一番可愛いです♪」
俺の頭をポンポンしながら、とっても嬉しそうに微笑んでくれた。
「だーかーらー…可愛いとか…やめろって///」
拳骨を振りおろしても野分はまだニコニコしている。俺の大好きな笑顔で…
「ちゃんと水やりしてくれてたんですね。ありがとうございました。」
「お…おう。」
「それで、競争はどっちの勝ちだったんですか?」
「野分…黄色い方。」
「勝ったら一つだけお願い聞いてくれるんでしたよね♪」
「はぁっ!?」
そんな約束した記憶は全くないのだが…なにせ半年も前のことだし、俺が忘れているだけかも…
「男に二言はないですよね?」
「あ…ああ、もちろんだ!」
唇の端に不敵な笑みを浮かべる野分。
あれ…もしかして…嵌められた!?
「どうして欲しいんだよ?」
願いは一つだけ…さっさと終わらせてしまおう。
「まだ決めてません。ご飯作りながらゆっくり考えます♪」
「おいっ!」
ドキドキしたまま放置とか何の拷問…?
鼻歌を歌いながら人参を刻む野分の背中を睨みつけて、はーーーっと深い溜息をついた。