純情エゴイスト〜のわヒロ編2〜

□怪我の功名
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なんとか終電に間に合ってマンションに辿り着いたものの、何をする気力もなく、ソファーに倒れるように身を投げ出した。

着替えないとスーツが皺になる…

風呂入らないと…

コンビニの弁当どうしたっけ?

明日の授業の準備…

野分のことを考えないように、意識を外に向けてみたけれど今は起き上がれそうにない。

ポケットから携帯を取り出して、宮城教授にメールをした。

『突然で申し訳ありませんが、明日は休暇を取らせていただきます。』

送信…

こんな気持のまま仕事なんてできるわけがない。

もしも後遺症が残るとわかったら野分は今までのような笑顔でいられるのだろうか?

野分の苦しむ姿なんて見たくない。

俺と待ち合わせをしなければ野分は事故に遭わなかったかもしれない。俺がいなければ…

まだ決まったわけじゃないし、ネガティブで無意味な考えだとはわかっているけれど、悪い方にばかり考えてしまう。

津森の言っていた通り、俺がもっとしっかりしないと。野分の前では笑顔でいないと…

だけど…俺はそんなに強くない。

頬を伝う涙を拭えないまま、誰にだかわからないけど心の中で祈った。

『野分が明日も笑顔でいられますように…』



泣き疲れて赤くなった目をどうにかしようと、頭から熱いシャワーを浴びて、服を着替えた。

食欲は全然なかったから、ミネラルウォーターを飲んですぐに部屋を後にした。

一刻も早く野分の病状が知りたくて、草間園に急ぐ。

どんよりと曇って今にも雨が降り出しそうな空の下を傘も持たずに走っていった。




野分の養父の草間園の園長先生は、野分の病状は全治3週間の外傷だけだと笑いながら話してくれた。

本当…なのか?

俺を安心させるために、そう言ったとも限らない。

モヤモヤとした気持ちのまま、病院に行くと廊下で野分が子供たちに囲まれていた。

「野分!?何してんだ?」

「早く退院したくて松葉杖で歩く練習してました。でも、この子たちのお陰で上手く歩けません。」

周りを取り囲んで応援している子供たちを見ながら野分は苦笑している。

「もう動いて大丈夫なのか?」

「はい。痛みもないですし、お金も無いので。」

ギブスに書かれた俺のメッセージに目をやりながら困ったような顔で俺の方を見るので思わずクスッと笑ってしまった。

「元気そうで良かった。」

「みんな、そろそろ検温の時間だよ。病室に戻って。」

野分は子供たちを看護師さんに引き渡すと、俺の方に向かってゆっくりと歩いてきた。

「松葉杖って使うの初めてなんですけど、脇の下がなんだかくすぐったいです。」

「それ、買ったのか?」

「いえ、レンタルで1日50円です。だけど、俺ここの職員なのでタダにして貰っちゃいました♪」

「良かったな…」

これが半身麻痺の病人だとはとても思えない。空元気じゃねーよな…

首を傾げながら、野分の右の二の腕を抓ってみた。

「痛たた…痛いですー。ヒロさん、いきなり何するんですかー?」

「感覚、あるのか?」

「当たり前じゃないですか。あーあ…赤くなってる…」

「ごめん。ちょっと試してみたくて…」

「試すって何をですか?」

ベッドに腰掛けて、体温計を挟みながら野分が聞いてきた。

「お前が半身麻痺かもしれないって言われて…心配で…」

「へ!?」

「津森さんに聞いたんだよ。お前だって、痛み感じないって言ってただろ?」

「感覚が無いんじゃなくて痛くないだけです。ほら♪」

野分は足をブラブラと大きく振って見せた。

津森のヤツ…これのどこが麻痺なんだよ!!

「か〜み〜じょ〜さん♪」

噂をすればなんとやら…津森が部屋に入ってきた。

「先輩、休憩ですか?」

「ああ、それより…上條さん、昨日はすみませんでした。俺、動揺してて野分と同時に運ばれて来た他の患者さんのカルテ見てたみたいです。アハハハ♪」

「おい…」

笑いごとじゃねーよ!こっちは一晩中悩んで、仕事休んで、朝から草間園に押しかけてきたっていうのに。

「名医もカルテの誤り♪なんてね。」

「勝手に諺作ってんじゃねーよ!この、ヤブ医者!!」

「手厳しいなー。だけど、小児科なら医療ミスに繋がってましたね。以後気を付けます!」

そんなふざけたことばかり言っているけれど、やっぱり目は笑ってなくて…何考えてんのか良くわからないけど、コイツなりに反省しているのかもしれない。

「先輩、ヒロさんも…もしかして、俺が重症かもしれないって心配してくれていたんですか?」

『当たり前だろ!バカ!!』

野分があまりにも間抜け面でそんなことを言うものだから思わず津森と同時に怒鳴りつけてしまったけれど…考えてみたら勝手に勘違いして心配しまくってた俺達の方がバカみたいだ。

津森と顔を見合わせてクスクスと笑っていると、野分も嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます。俺のことをこんなに心配してくれる人がいてくれて嬉しいです。」
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