純情エゴイスト〜のわヒロ編2〜
□怪我の功名
2ページ/4ページ
野分は帰宅しようとして病院を出た直後に車と接触事故を起こしたらしい。
俺を待たせないようにと、急いで自転車を走らせて左折しようとしていた救急車に巻き込まれたそうだ。
自転車置き場の隅に、壊れた自転車が立てかけてあるのが車の中からチラッと見えた。
津森の後に続いて病院に入ると、馴染みの小児病棟ではなく別棟の方に向かっていて、同じ病院なのにいつもとは全然景色が違って見える。
この病院こんなに広かったんだ…
迷わないように津森の背中を追うようについていくと、まだ名札が付けられていない病室の前で津森が足を止めた。
(コンコン)
「野分、起きてるか?上條さん、連れてきたぞ。」
そう言いながら津森は扉を開けた。津森の後ろから部屋を覗くと、野分は上半身を起こした状態でベッドに座っていた。
「ヒロさん!」
俺の顔を見ると嬉しそうに笑顔を向けてくれた。
「野分、起き上がってて大丈夫なのか?怪我は?」
「足の骨折れちゃいました。肘と頭はぶつけただけなんで大丈夫です。包帯大げさに巻かれちゃいましたけど、痛みは殆どないんですよ。」
呑気にそんなことを言ってはいるけれど、足はギブスで固定されているし、あちこち包帯やガーゼがあてられていて痛々しい。額のガーゼには薄らと血が滲んでいる。
「それより、待ち合わせの場所に行けなくてすみませんでした。連絡入れられれば良かったんですけど、携帯が壊れてしまって。」
「そんなのはどうでもいい。それより、お前本当に大丈夫なのか?」
「はい。多分…俺、丈夫にできてるんで直ぐに退院できると思います。」
にっこりと微笑む野分を見て、緊張感が一気に緩んだ。津森の様子がいつもと違ったから、重症だと思って覚悟していたけど大したことはなさそうだ。
「良かった…」
ほっとしてベッドサイドに置かれた椅子に腰かけると、野分がサイドボードの引き出しからマジックペンを取り出して俺の前に差し出した。
「ギブスにメッセージ書いてもらってもいいですか?小児病棟の子供たちがお見舞いに来たいって騒いでるらしくて、明日には来ると思うんです。みんなに落書きされる前に、一番にヒロさんに書いて貰いたいんですけど…」
野分は俺の顔をじーっと見つめている。
「しょうがねーな。書いてやるよ。ペン寄こせ!」
野分からペンを奪うと、野分に見えやすい向きでペンを走らせた。
『入院1日8000円!!』
「ヒロ…さん?酷いです〜色気無さ過ぎですよー。」
情けない顔で文句を言う野分にペンを返しながら反論する。
「お前、倹約家だから現実を突き付ければ早く退院できると思って書いてやった。医者のくせに救急車と事故って自分の勤め先に入院して、その上個室とかありえない!」
「すみません…」
しょぼんと耳と尻尾を垂れている野分を見て、頬を緩めた。
「だから…貯金無くなる前に早く帰って来い///」
「ヒロさん…はい!俺、頑張ります!」
「もう消灯時間過ぎてんだろ?お前が寝るまでここにいてやるから、そろそろ寝ろよ。」
そう言いながら布団をかけ直してやると、野分は怪我をしていない方の手で俺の頬に触れた。
野分の指先が唇をなぞる…
「お休み…」
野分の唇に軽くキスをして、照明を消した。
「上條さん、起きてください。上條さん。」
耳元で小声で呼ばれて目を覚ました。野分が眠るのを待っている間にいつの間にか眠ってしまったようだ。
ぼんやりとした目を擦りながら立ちあがると、津森は俺を支えるようにしながら廊下に連れ出した。
「寝起きで申し訳ないんですが、ちょっと話があります。」
津森に着いて行くと、小さな会議室のような所に入った。
「俺、外科の担当医じゃないし、患者さんの情報はご家族にしか話せない決まりなのでオフレコでお願いしますね。」
そういいながら、俺を椅子に座らせると、テーブルの上にパサッと大き目の封筒を置いた。
「津森さん?野分のヤツ、どこか悪いんですか?」
ただならぬ雰囲気に再び不安が蘇る。
「野分が運ばれてきて、処置を受けている時にチラッとカルテを見たんですけど…アイツ、右半身の感覚が無いっぽいんですよね…」
感覚がないって…どういうことだ?
「右腕と右足、あれだけの怪我をしてるのに全然痛そうにしてなかったでしょ?」
言われてみれば、痛みは殆ど無いって言ってたっけ…それに、アイツ個室に入れられてたよな…
「それって、半身麻痺かもしれないってことですか?」
恐る恐る尋ねると、津森は目を伏せて、封筒から取り出した写真を見つめた。
「頭打ってたのでMRI撮ったみたいなんですけど、目立った損傷は無いです。でも、末梢神経をやられている可能性はありますね。ちゃんとしたカルテが持ち出せれば良かったんですけど、外科は専門外なんで、すみません。」
「本人は知っているんですか?」
「さっき担当医が草間園の養父さんに説明をしていたみたいですけど、本人にはまだ伝えていないかもしれません。」
さっきの野分の様子からして、知らない可能性が高い。もしも知っていてあんな笑顔を作っていたのだとしたら…
喉に込み上げるような息苦しさを感じながら、津森を見ると、津森も辛そうな表情をしている。
「明日、草間園に行って聞いてみます。」
そう呟いてゆっくりと立ち上がると、津森を置いたまま部屋を後にした。
もしも、後遺症が残るようなら俺はどうすればいい?野分に何をしてやれるんだろう?
漠然とした不安と疑問ばかりが脳裏を過っては消えて行く。
病室を覗くとスースーと規則正しい寝息が聞こえてきた。
野分…
後ろ髪を引かれる想いで、その場を立ち去った。