純情エゴイスト〜のわヒロ編2〜
□野分の趣味は?
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Side 弘樹
昼食を早々に済ませて、秋彦の新刊を開いた。
昨日、郵送されて来たばかりの未発売本だ。途中まで読んだところで野分が帰ってきて、昨夜は最後まで読むことができなかった。
続きが気になったものの、野分との時間は大切にしたいし、午前中は講義が詰まっていてなかなか読む時間がとれなかった。
わくわくしながらページを捲っていると、バタンとドアを開く音がした。
「おい!部屋に入る時はノックくらいしろ!」
ドアの方に目をやると、そこにいたのは高槻君。学部長の息子兼、宮城教授の恋人だ。
「なにか用か?」
早く本が読みたいのだが、訪問者を無視するわけにはいかない。
「宮城がいないんだけど、何処行ったか知らない?携帯、電源切れてて繋がらないんだ。」
良かった。大した用ではなさそうだ。
「ああ、教授なら図書館に行くって言ってたけど…」
「そうか…じゃあ、俺も行ってみる。」
「学校はいいのか?」
「午後は講義入ってないから。趣味の時間。」
「趣味?」
「俺の趣味は宮城だから。」
相変わらずわけがわからない。宮城教授が趣味ってどういう意味だ?
首を傾げていると、高槻君が言葉を続けた。
「お前こそ仕事はいいのか?」
「今は昼休みだ。俺も趣味の時間。」
本を持ち上げて見せると、高槻君はちらっと見てから、ちょっと羨ましそうな顔をした。
「仕事が趣味の延長っていいよな…俺も四六時中、宮城と一緒にいられる仕事がしたいんだけど、そんな仕事ねー…あっ!」
なんだ!?いきなり凄い形相で睨まれてしまった。ああ…そうか…
「えっと、俺はいつも宮城教授と一緒にいるわけじゃねーから。今だって別行動取ってるだろ?」
「だけど、俺より宮城と一緒にいる時間が長い気がする…」
「まあ、それは仕事だから。だけど、一番近くにいるのは高槻君なんじゃないか?俺、教授のプライベート殆ど知らねーし。」
安心させるように言うと、高槻君は納得したように頷いてくれた。
「教授、午後から講義入ってるから会いたいなら早く行った方がいいぞ。」
「うん。」
高槻君が出て行ったので再び本を開いた。とんだ邪魔が入ってしまった。
まったく、ノックもせずに入ってきたかと思えば、人を「お前」呼ばわりして、教授の居場所教えてやったのに礼もなしかよ。
学部長、性格も頭もいいのに子供の躾は全然だな。
そんなことを考えながら活字に目を走らせる。
秋彦の奴、結末変えてきたな…
数ヶ月前に、原稿を読ませてもらったのだがその時より格段に面白くなっている。さすがは秋彦だ。
一気に最後まで読んで本を閉じた。
同時に午後の授業開始のベルが鳴り響く。
休み時間の間に読み終わって良かった。これで午後はそわそわせずに研究に集中できそうだ。
パソコンを立ち上げながらふとさっきの会話を思い出した。
好きなことを仕事にできるって、やっぱり恵まれているのかな…読書が趣味で良かった。
高槻君は宮城教授が趣味とかわけのわからないこと言ってたけど、教授とどうしたいんだろう。
野分は?野分の趣味ってなんだっけ?
野分の顔が脳裏をよぎる。野分の趣味は…俺?…んなわけねーか…
だけど、今まで野分の趣味なんて考えたこと無かったな。アイツ、仕事や俺のことばっかりで自分の時間なんて殆ど無いのかもしれない。
忙しいのはわかるが、たまには思い切り自分の好きなことをする時間があってもいいと思うんだけど…
なんとなく、パソコンに検索ワードを打ちこんでみる。
『医者 趣味…』
…ふーん。医者は体力勝負だからスポーツやってるヤツが以外に多いんだな。ゴルフにテニスにサーフィン…
野分は特にスポーツはやってないけど、バイトで鍛えられているから身体は引き締まっている。
あとは、グルメにワインに音楽…か…
アイツ所帯じみてるからな…全然イメージわかねー!
やめた!無駄なことはせずに、今は自分の仕事に集中しよう。
野分が帰ってきたらそれとなく聞いてみればいい。
講義を終えて研究室に戻ると、コーヒーを淹れた。
授業中に居眠りしていた学生を怒鳴りつけていたら喉がカラカラになってしまった。論文も目処が付いたし、ちょっと休憩しよう…
コーヒーを飲みながら机の上に置いておいた携帯を見ると、野分からメールが来ていた。
『仕事が早く終わったので買い物して帰ります。晩ご飯何が食べたいですか?』
晩飯か…うーん…
『喉の調子が悪いんだけど、何か喉にいい食べ物ってあるか?』
『じゃあ、大根とはちみつ使って何か作りますね。体調は大丈夫ですか?あまり怒鳴りすぎちゃダメですよ。』
好きで怒鳴ってるわけじゃねーよ!
そう言えば、野分は料理が得意だよな…定番だけじゃなくて、色々考えて独自のメニューを作ってるみたいだし。趣味は料理とか?
『話変わるけど、お前の趣味ってなに?』
送信ボタンを押そうとしてはっとして手を止めた。何年も付き合ってるのに今更そんなこと聞くとかありえない。
これじゃ、俺が野分に関心が無かったみたいじゃねーか…
恋人の趣味を知らないとか…俺ってダメなヤツ?
コーヒーを一気に飲み干して、はーっと深い溜息をついた。