一周年year!

□In quo casu
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ふと意識が深淵から浮上するのが分かった午前3過ぎ。瞼を開けてしまったら大抵眠れないから、独り寝の夜に同様の事が起きると閉じっぱなしで寝返りを打って誤魔化すけど、今日はゆっくりと目を開けた。密着する程近くに愛しい人のものである体温を感じたからだ。光源は窓から差し込む月明かりだけでも分かる艶々としたハリのある黒髪。天使の輪っかが見えるのはきっと気の所為じゃない。普段はキリッとした涼やか且つ迫力のある瞳は瞼に隠され今は見えない。口付けた時に弾力があってしっとりと包んでくれる桜桃の唇から、すうすうと漏れ伝わる呼吸音さえ、堪らない気持ちにさせる。これ以上ないほどに、この男、土方十四郎を愛していると日々実感する。非番の前日だからとたっぷり愛し合って何も身に纏ってない裸身は、肩まで掛け布団の中に埋もれていた。
そっと腕だけを伸ばして起こさないようにと髪だけを撫でる。サラサラキューティクルで同じシャンプーの匂いがする。幸せだ。なのに泣きたい気分に襲われる。まただ、この感覚。もう何度目なんだろう。
どんなに密着してもひとつになれない、ひとつでは愛し合えない矛盾が頭の中を過ってしまう。狂おしい程、という表現がしっくりくる位、愛してやまない存在。胸の奥が時々引き絞られるように痛むのをこうして2人寝の夜に耐える事が時々あった。恋人になって数年経つが、お互い明日も知らぬ身でも何とか生きて生き抜いて肩を並べている毎日の中で離れ離れになった事だってあった。それでも彼は無事に戻ってきてくれた。そしてまた、選んで選ばれてこうして眠る。静かに呼吸を闇に溶かす。
最近では戦いも落ち着いて2人で過ごす時間がぐっと昔よりも増えたと思うし、新八は段々一人前の侍に近付きつつある。神楽は素直になれないながらも沖田と仲良くしているようだ。そのうち嬉しくてちょっぴり寂しい報告が来そうだと地球のお父さんポジションの自分は思っている。
こうしてそうして幸せな変化が毎日の中で確実に起きている。けれど、同時に日常に関係が馴染んでいけば今度は時間という鎌が喉元を狙う感覚にじわじわと襲われていく。
例えば、例えばだ。今この瞬間にこの体が生を終えてしまったら、彼は、十四郎は明日からどんなものを食べて生きていくんだろう。いつも非番の度に朝ご飯や昼、夜ご飯を作っては十四郎に食べさせる。普段が忙しく時間短縮を図るためにマヨ丼なるものしか口にしないのでは当然栄養は偏ってしまうだろう。それが嫌で、身体を大事にして欲しくて選んだ素材で彼好みの栄養価が高いもので労わる。嬉しそうに、リスのように頬いっぱいに食す姿が好きだ。血色が良くなった顔が綻んで有難うと言う声が表情が好き。
でも、自分が先に消えたら?彼は一体どんなものを食べて身体を作っていくのだろう。真っ黒で星のない寒い夜にはどうやって過ごすのだろうか。
誰の声も届かない寂しい夜に誰の存在を胸に抱いて眠るのか。鬼と呼ばれる彼だから、誰よりも強く優しいのを知っている。きっと声も出さずに瞳の奥で泣くのだろう。
今はまだやってこない、でもいつかはと知っているその日を迎えるまでどうやって笑えばよいのだろうと時々笑い方を忘れる。ヘラヘラ笑って誤魔化せる俺の便利な表情筋はこうして十四郎が寝ている時にフリーズしてしまうのだ。とんだポンコツ。
こんな考え方バカだって考えたってどうしようもないって事も同時に知ってる。でも怖い。こんなにも深く人を愛したのは初めてだから。誰も教えちゃくれない、人の愛し方。


「ん………。銀?ねむれねぇ?どうした………?」

舌ったらずの寝ぼすけで幾分か幼い声が自分の名前を呼んで、意識がはっと浮上した。それだけで耐えていた瞳の奥の涙がじんわりと頬を伝っていく。耳を通って枕に音も無く吸い込まれた。薄い皮膚に隠れていた青藍の瞳が不思議な輝きを放って現れる。それだけで重い塊が融解していく。生きてる、生きてるんだ、まだ。当たり前だ、呼吸してるんだから。

「何でもない。何でもない。ごめんな、起こしちまったか?」

「ん、大丈夫だ。銀時………もっとこっち…」

程よく筋肉がついたしなやかな腕が此方に伸ばされて頭が胸板に抱き込まれた。ハリのある、毎日鍛錬していると分かる質の良いそれに頬が押し付けられる。もふもふもふもふと髪の感触を確かめるように指を通しながら、大丈夫だ、大丈夫だと一定のリズムで撫でられた。喉の震えを通して神経で感じる。

「俺はここにいるよ。銀時。魂はここにあるさ。他のどこでもねぇ、ここにある。聴こえるか?」

力強い心音がどくんどくんと鼓膜を揺らしながら、自分の身体の中を駆け巡って己の心音とひとつになって抜けていく。末端まで感じ取れる確かなもの。誰よりも近くに、ひとつにはなれなくとも、いつかその日が来ようともここにいる、と痛いくらいに頭を抱きしめられた。

「……十四郎」

「寝ちまえ。寝不足の時は寝ちまえば大抵のことは解決すんだろ?昔、テメェが言ってたよ」

ふふふと互いに笑うと、力をほんの少しだけ緩めたけども、このままの体勢で眠ると決めたのかまたすうすうと音が聞こえ始めた。

共に同じ不安を抱えている。それほどまでに深く愛せたのは幸せなのだ。不安さえも。

「……ありがとな、十四郎」

ゆっくりと瞼を閉じて暖かな波にさらわれる様に微睡み始めた。不思議と夢は見なかった。


付き合って数年目の記念日の夜に想ったこと。歳を取っても同じだけの喧嘩をしよう。笑い合おう。抱きしめ合おう。

そしてまた。そうしてまた。めぐり逢おう。

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