記念部屋
□甘い甘い幸せを。
1ページ/2ページ
「ねーねー!もう用意した?」
教室内で、女子たちが交わす会話の内容に反応し、机上でうつらうつらと船を漕いでいた土方はハッと顔をあげた。
「どうしたんです?土方さん」
「いや……」
不審に思った総悟に、適当に返事をしたが、内心はそれどころではなかった。
急いで、鞄の中から携帯を取り出してカレンダーを開く。
「………あ」
今日の日付は2月13日。明日は……。
「バレンタインデー…用意しやしたかィ?土方さん」
ゆっくりと土方が顔を総悟に向けると、ぺろぺろキャンディをガリガリ噛みながらのニタニタ顔。
「……やべェ、まだだ…」
「ありゃー、銀八の旦那、拗ねやすね」
いや、正確にはまるっきり用意して無かった訳じゃ無い。
用意はしたのだ……一応……。
「ま、せいぜい…頑張って下せェ」
その一言と共に次の授業が始まるチャイムが鳴った。
一人暮らしのアパートに帰った土方は、真っ先に台所の冷蔵庫の前にいた。
「用意して…無いことも…ない…が」
バクンと、扉を開けて中から銀のバットを取り出す。
その上には、オーソドックスな一口大のハートのチョコが5粒。
中々形は良いが、何処と無く手作り感が否めない作品である。
そう見えるのも仕方ないこと。事実、これは土方の手作りなのだから。
「…出来…悪いよな…」
でも、市販を渡したくはない。だってそんなもの、あのモテる銀八の事だ、幾らでももらうだろう。
仮にも(全然、仮じゃないが)彼女の立場にある自分までもがそんなものを渡せば……幻滅されるかもしれない。
記憶に残るような、一番と言ってもらえるようなバレンタインデーにしたいのだ。
……慣れない作業で、手は絆創膏だらけだが、甘党の彼が喜んでくれる顔を思い浮かべるだけで、短気な自分でも頑張れた。
そういえば、総悟が土方の手の甲をみてにやにやしていたが、忘れておいた方がいいかもしれない。
「……後は…ラッピング…するだけだか…」
いつも素直になるまで時間かかる自分だ。明日くらいは素直に好きと表現したいから。
「……思ってンのは…銀八だけじゃねェんだからな」
本人が居ないのに、真っ赤になってなってしまった顔を冷ましながら、チョコの仕上げに取りかかった。
当日。いつもより早起きした土方は、丁寧にラッピングをしていた。
流石に女子がするリボンは、恥ずかしい為、銀色をイメージした包装紙に包み、紙袋に入れる。
「……よし!」
今日は、部活もないし半日で終わりだ。午前が終わったら準備室にもっていくぞ!
勢いよくドアを開けて、(その際に額をぶつけた)出発した。
「えー、今年は先生にチョコを持って来ないで下さい」
朝のST時間。銀髪をふわふわとさせて教室に入ってきた担任の一言に、クラスの女子は勿論、土方も凍りついた。
「え?どういう風の吹き回しですか?いつもなら甘味くれくれ煩いのに」
新八が首を傾げて不思議そうに、質問するが、いつもよりも暗い声色で、あーとかうーだのを繰り返した後に、やっと言葉を発した。
「……今年から貰わねェ事にしたの。ハイ、連絡は以上〜」
気まずそうに、教室内を見渡して最後に土方をみやる。
やたらと熱の籠った視線を向けられて戸惑っている内に、ST終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
予定通り、午前で終了した教室内に1人で土方は残り、ラッピングされたそれを取り出して見つめていた。
あの視線の意味を知りたい。でも、怖いし。
ふいに窓の外が視界に入り、思わず感嘆の声をあげて窓辺に近寄っていた。
灰色に曇った空からチラチラと、雪が舞う。
それは早くも地面に積もる気配を見せており、キラキラと輝いているようで。
こんな雰囲気のある日に渡さずにいつ渡すんだと、自分に気合いを入れる。
「…折角作ったし。受け取らなかったら…殺す」
何とも物騒な台詞を吐いて、銀八の私物化されている準備室に向かった。