anniversary plan
□誰にも渡したくなかったからで
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すでに数人集まっている広間には甘ったるい香が立ちこめていて、俺から手を離すと、マリアはすぐに配り始めた。楽しそうな会話をしり目に適当な場所にかけて本を読み始めれば、甘ったるい香が余計に誇張された。
「クロロ、はい!」
「ああ」
文字を追いながらマリアの方に手を伸ばす。いつもならすぐに渡してくるはずが、今日はなぜかじっと見つめてきていた。
「…何だ?」
「ちゃんと見て、クロロ」
やけに真剣な声に一瞬ためらう。本を閉じてから目を向けたそこには、焼けたチョコレートの甘ったるい香をさせる、マフィンがあった。ただ、それは、どういう意味だ。他のやつに配られたマフィンを見れば、それはただの丸い形をしたものだった。
つまり、俺のだけ、その形にした、ということか。
「…食べていいのか?」
「えっ、いいけど…なんかこう…ないの?」
「何がだ?」
「…クロロのばか」
消え入りそうな声で俺の手にハート型のマフィンを押しつけたマリアの手を、そのマフィンごとやさしくつかまえる。離して、とさらに弱々しくなる声。他のやつのところに行く気配を見せられるだけで嗜虐心が煽られるのは、マリアだからだろう。
「た、たまたま、この型しかなかっただけなの!別に何も意味なんかないから!」
「…そうか」
そんなわけがない、そう言ってこの手を引き寄せられたら、どれほどいいだろう。全部つかまえてしまえたら。
それができないのは、ただ臆病なだけなんだろう。マリアとこうして話せる、そして笑顔を向けてくれる。それを失うかもしれない可能性が恐ろしく感じるのはどうしようもないことだと、誰かに肯定されれば、少しは救われるのかもしれない。