中編

□絵空事
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ぐしゃぐしゃに丸められた文は、もうこれで何枚目か分からない。俺の鬱憤を一身に受け続けた文たちはそこら中にその残骸を横たえていて、その姿が目の端に入る度にうんざりした。大体、俺に文なんて言うのは元から無理だったんだ。筆を取ること自体、向いてないんだ。

「あー…、どーすっかなー…」
「何ね、これ。月見えぬ日に…?」
「だああ!?なんだよ!なんでいんだよ!それより何より勝手に読むなよ!」

かわいた、どこか人を小馬鹿にしたように笑う腑餌異端に、何の用だと聞けば、宮中に上がる時間だとまた呆れたように言われた。それで気づいたが、文と睨み合っている内にだいぶ無駄な時間が過ぎていたらしかった。

「わりい、忘れてた。じゃあ、さっさと行くか」
「ワタシが呼ばれたからには、きと手応えあるはずよ。楽しみね」
「楽しむなよ…」

面倒なことに、こいつが言った通り一癖ある事件なのは、まず間違いなかった。当代一、むしろ歴代きっての陰陽師であるこいつが呼ばれたからには、並大抵の陰陽師じゃ太刀打ちできなかったんだろう。

「そういやここ最近、物の怪の事件が多いな」
「怨みを買う人間が増えてるいうことね。自業自得ね」
「…そうかも知れねえな」

こいつが呼ばれたときには俺が必ず同行することになっていて、それはこいつが決めたことだった。陰陽師の意見に逆らえるやつなんてのはほんの一握りのお役人たちのみで、俺の意見はまるで参考にされなかった。ごみくずみたいなものだった。

「それで、さきの文はかぐや姫に送るものか?」
「な、なんで知ってんだよ!?」
「知らないよ、ただの噂話ね。おまえがかぐや姫の元に通てるいう噂が随分広まてるだけよ」
「まじかよ…勘弁してくれよ…」

これから行く宮中での風当たりを想像して、思わず引き返したくなった。大体、俺なんかが、かぐや姫の元に通ってることが間違いなんだ。文もろくに書けねえし、位も高くねえし、口も悪いし。

「…おまえ、かなり本気に見えるね」
「!!……いや、そんなわけねえだろ」
「かぐや姫はかなり変わり者らしいね。おまえも変わり者だから、意外とうまくいくかもしれないよ」
「…かぐや姫は、変わり者なんかじゃねえ。そこらの姫よりずっと綺麗な心を持ってるんだ、おまえも話せば分かる」
「ハハ、やぱり本気ね。ベタ惚れね」
「おまっ…、くそっ…」

おまえが恋に落ちるなんて、天変地異か起こてもおかしくないね、そう楽し気に人を貶める陰陽師の意見はまる無視して、胸の内だけで肯定してやった。言われなくとも分かってる。
どれだけ否定されようとも、不本意だろうとも、後戻りできる気持ちじゃないことなんか、分かってる。
それがどれだけ、手の届かない、絵空事だとしても。
 

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