中編

□詠む文と想いを
1ページ/2ページ

幾日も経たずに渡しに行こうと思っていたはずが、すでに十数日が過ぎてしまっていた。仕事の合間に、来ていた行商から買い付けたそれは、ふと目についてただ衝動に任せて買ったものだった。女物の扇を自分自身で選ぶ日が来るなんて、天変地異の始まりかもしれない。

「なんだ、元気がねえじゃねえか。何かあったのか?」
「…何でもねえよ。仕事しろよ、忙しいんだろ」
「あんなものは適当にやってりゃいんだ!それよりお前な、高貴な姫からのお誘いを無下にするたあ、随分偉くなったもんだな、おい」
「無下にしてる、わけじゃねえよ。ただ少し仕事がだな」
「お前ごときに重要な仕事があるわけねえだろ!とっととかぐや姫のとこ行ってこい、この童貞が!」
「う、うるせえ!でけえ声で息子を罵るなよ!」

外聞が悪くなることは分かっているが、どうにも気が進まなかった。かぐや姫には、会いたい。会って、あの無邪気な笑い声を聞いて、話をしたかった。問題は、ただ文ひとつだった。扇に添える文が、何度書き直しても上手く書けない。細かいことを気にする自分にうんざりしてしまうし、かといってかぐや姫の手に渡ると考えれば、妥協をしたくはなかった。

「…親父、お前は文、書けんのか?」
「あ?…俺に書けると思うのか」
「俺が悪かった…」
「文で悩んでるんなら、簡単じゃねえか。母上に聞きに行け、なかなか手が綺麗なんだぞ」
「げっ…勘弁してくれよ、俺が苦手なの知ってるだろ!」
「まあ、分かるけどな…あいつ怖えよな…俺もたまに…」

「お話し中失礼いたします…北の方様がお呼びに…」

「「げえっ!!」」

噂をすればなんとやら、親父は一人で行きたくないと駄々をこね、俺も仕方なく文の相談をしに付き合った。親父が惚れに惚れ込んでめとった母上は、表面上いつも穏やかだが、腹の中が見えない。いや、見え隠れするから怖いのか…。

「上、何かあったのか」
「ええ。殿、話に聞けば、あなたの息子様はお通いの姫君を蔑ろにしているとか…」

これだ。これだから、母上は嫌なんだ。一体どこから情報を仕入れてくるのか、そしてどうしてこうもタイミングをつかんでいるのか。親父と俺の会話は、筒抜けな気すらしてくる。
御簾越しにすら感じる妖艶な空気は、もはや背筋を震わせる冷たい恐怖を与えつけるものになっていて、いつからそんな風に感じるようになったのかも思い出せない。
隣の親父を横目で見るも、言わずもがな、見なくとも分かる。ここからたどり着くのは平謝りコースだけだ。

「あ、ああ。俺も気にかけていてな、実は上に、文の手ほどきをしてもらえないかと思っていたところで…」
「まあ、そうだったのですか。それは良いことですね」
「お、おう。じゃあ、悪いが頼むな、拍乃打の君」
「お、親父…!どこに…」

まあ、あなたは口の悪いこと。お父上様とお呼びなさい。大体、あなたは…
親父は絶対、俺を生け贄にして逃げていった。小言の嵐をひたすら受けながら、奥方というのはどこもこうなのかと考えて、それはないだろうなと落胆した。怖いのは母上だけで十分だ。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ