中編

□過去に抗う痛み
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満天の星空を、未だに覚えてる。二人きりで最後に見た星空は、本当は、どうだってよかった。ただ、隣で星空を見上げていた○○を、俺は見たくもない星空を見上げる振りをして、ずっと見つめてた。ただ、○○だけを、見てた。

あれから過ぎた日々は、気づけば五年を越えていた。そんな日々を、俺は信じてない。夢を見てるだけだ、そう思って過ごしてきた。そうじゃなきゃ、いけないんだ。

ただ、出掛けてるだけなんだ。○○がいつ帰ってきてもいいように、俺は今日もガランとしたマンションに帰る。そうしてテーブルに朝から置かれたままになってるホットケーキを捨てて、新しく作り直す。俺の作った料理の中で、○○がおいしいと言ってくれたホットケーキを。イルミのホットケーキはしあわせの味がする、そう言って、本当に幸せそうに笑ってたから。
空しく響く皿をテーブルにのせる音は、やけに体中を締め付けてくる。特に胸と喉と頭を、激しく。それでも、向かいのイスに腰かけて、幸せそうに笑った○○を思い浮かべて、気づけば夜が明けてくる。

そうしてまた、同じ日の繰り返しだ。
仕事をして、ホットケーキを捨てて、作って、俺は○○が帰ってくるのを待つ。
○○が死んだなんて、俺は信じない。
 

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