中編

□だから何度でも、溺れてしまう
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乱暴に開けたドアは、薄暗い馴染みのバーのもの。肩で息をする私に驚いて目を向ける人たちを無視して、私はいつものスツールにかけた。呼吸を整えたところに出されたギムレットは、宝石みたいに綺麗に輝いている。
そっと華奢なグラスを指先で持ち上げて、一口つけると爽やかな甘味が広がる。

「やあ、待ってたよ。君に会えるのを、随分長い間ね」

私の上に影を落として、隣のスツールにかけたヒソカは、楽しそうに笑った。子どもみたいな、イタズラ好きの、無邪気な笑顔。

「そうだな。初めまして、の方がいいかな…僕はヒソカ、君の名前は?」

本当は、問いつめるように色々聞きたかったけれど。ヒソカが口にした挨拶は、そんなものは必要ないとでも言いたげで。素敵な出会いに、無粋な言葉はいらない。

「…私は、○○」
「○○、か。偶然だね、僕が惹かれた人と同じ名前だ」
「そう、奇遇ね。…ヒソカって、私が愛した人と同じ名前なの」

流れるように交わされた挨拶に、ヒソカは、心外だな、と眉を寄せる。

「僕は僕のままで君に出会ったのに、愛した、なんてやめてほしいね」
「そう?私は、今のヒソカは、前と別人みたいだと思うけど」

考える素振りを見せるヒソカに、私はギムレットを一息に飲み干して、胸にそっと体を預けた。苦しいくらい焦がれたその胸に顔を寄せて、そうしてヒソカを見上げた。

「ヒソカ、好きなの…優しくなくても、意地悪でも、冷たくても、ずっとずっと、好きだったの」
「…………」

やっと届けられた私の気持ちは、ヒソカを、目を見開くほど驚かせた。ただ見つめてくる私に、しばらくして、ヒソカは妖艶に微笑んだ。それは、私を一度落とした微笑み。

「好きな子ほど、いじめたくなるんだよね、僕。…ねえ、もっと、僕にいじめられたいだろ?」

初めて落とされたキスは、甘い痛みを伴った、噛みつくようなキス。私がすがりつくように胸元をつかむと、甘噛みをしてきて。それはめまいがするほどで。

「…っ、ヒソカ…」
「ん…なんだい?」
「私ね、酔ったみたいなの…。ねえ、休めるところ、連れていってくれる?」
「…もちろん。○○に言われなくても、そのつもりだったよ。さっき一気に飲み干してたの、見てたからね」

私の考えることなんて、きっとヒソカにはこうしてバレてしまうんだろう。
艶っぽく笑うヒソカに、見上げるようにキスをして。少しだけ驚くヒソカの顔を見て、本当だと思った。
好きな人ほど、いじめたくなる。
 

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