中編

□そんなあなたを、私は知らない
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私はヒソカのことを何も知らない。
ヒソカも、私のことを何も知らない。
だから、どれだけこの想いが無駄なのかは分かっているのに。

黒い夜空に星がまばらに見え始めた頃、ヒソカはようやく当初の目的だったタイピンを選んでくれた。シルバーのシンプルなタイピンは、あとは盗聴機を忍ばせるだけだ。

お互いの手首に巻かれた紙は、ヒソカに無理矢理連れていかれた遊園地のパスポート。ヒソカがそんなところに行くなんて思いもしなかったし、私を連れて行ったことも、胸が締め付けられるほど、予想外で嬉しかった。きっとヒソカは自分が楽しむために行ったんだろうけど、どう控えめに考えても、私の方が楽しんだ。派手なアトラクションから乗り始めて、最後に観覧車に乗って。まるで本当の恋人同士みたいで、まるで本当のデートみたいだった。

「私タクシーで帰るから。タイピン、選んでくれて助かった」
「そう、じゃあ…」

駅前のロータリーが見えたところで、私はヒソカから逃げるように足を早めて簡単にそう言った。こんなに長時間一緒に居たことはないし、もう色々と限界だった。恋をしてない振りも、自分を偽るのも。
だから、早く帰りたかった。一刻も早く、ヒソカから離れたかった。そしてそれと同じくらい、悲しくなるほど離れたくなかった。

去り際にそっと取られた手は、緩やかに引き寄せられた。振り払った方がいいことは分かっていたけど、私にはもう強がる気力は残っていなかった。ヒソカに与えられた一日は、確実に、でもなんとか最小限に押し留めた、私の中の弱い部分を引きずり出していた。
期待も希望も、何も映さない瞳でヒソカに向き直った瞬間、頬に添えられた手に顔をすぐ近くまで寄せられて、耳元でまたね、と掠れた声でささやかれた。

見られたと、思う。すぐに手を振り払って逃げたけど、きっと、見られたはずだ。でも、どうしたって、泣きたくなる気持ちも、たったそれだけのことで熱を帯びる顔も、そして苦しいくらいの焦がれる想いも、押さえることなんて出来るわけがない。
やさしいヒソカなんて、知らなかった。
 

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