中編
□所有欲の果てに
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目覚めは最悪だった。喉は痛いくらいに乾いているし腰も痛い、自分のものとは思えないほど重い体にぐらつく頭。それにどろどろとした暗い気持ちも。
外に出ても気分は少しも変わらなかった。私の気持ちに共鳴したのか、分厚い雲に覆われた空からはまだ雨は落ちてこない。でもそれも時間の問題で、あと少しも経たない内に降り始めるだろう。すでに雨の匂いが辺りに漂いはじめていて、それはもちろん余計に私の気分を暗く落とした。
自分のマンションにたどり着いて、まずシャワーを浴びた。そんなことをしても消えないし、煙草の香はどれだけ洗ってもこびりついていた。
フィンを責めることは出来ない。結局私自身の問題に私がフィンを巻き込んでしまっただけで、フィンは何も関係ない。
チャイムの音が膜がかって、ひどく遠くから聞こえた。最初何の音か認識できなくて、気づいたあとも出る気にはならなかった。誰にも会いたくないし、誰とも話したくなかった。無意味に思えるけど、熱いシャワーを浴びていたかったから。
でも、次に聞こえてきた音は無視出来なかった。ドアが開いて、そして閉まる音。ここの鍵は私以外誰も持っていない。クロロすら持っていないのだから、他に手に出来る人なんていない。
バスローブだけ羽織って、目的の分からない侵入者に最大限の警戒を払いながらバスルームから出る。リビングから水の流れる音が確かに聞こえて、ただの泥棒ではないことにさらに緊張が高まる。息をひとつ吸い込んでから、攻め込むようにリビングに踏み入った。
「…クロロ?」
対面式のキッチンに見える人影は、見間違えるはずのないその人で。コーヒー豆が挽かれる音と、甘く香ばしい香が部屋に流れていた。
「どうしたの…?」
粉状になった豆がフィルターに入れられて、クロロがケトルを手にしてそこへゆっくり注いでいく。さらに強くなるコーヒーの香。
「昨日、あれからどこにいた?」
コーヒーが溜まっていく音に、クロロの声が混ざる。香だけじゃなく、早くコーヒーを飲みたい。体の中から、この香で満たされてしまいたい。
「飲むか?」
「うん、飲みたい」
慣れた手つきでコーヒーカップを棚から出すクロロ。コーヒーのしまってある場所もフィルターもケトルも、どうして知ってるんだろう。私の部屋にクロロが来たのは、ここに住むことになった一番最初の日だけなのに。
ソファの前のテーブルに二つカップを置いて、クロロはゆったりと腰かけた。距離もとって私もかけて、コーヒーを流し込んだ。大好きな、甘くていつも口にしているコーヒーが、やけに苦く感じた。
「悪くないな、このコーヒー」
「…そう、よかった」
私の部屋にクロロは不思議と馴染んでいた。余計なものがほとんどない部屋だからかもしれないけど、それでも何の違和感もなかった。私よりクロロの方がこの部屋の主みたいに。
「寒いのか?」
震えてる、そう言って私に触れてきたクロロの手が氷のように冷たくて、クロロこそ今までどこにいたんだろうと思う。
「…着替えてくる」
「そうか、俺の前で着替えろ」
優しいのに威圧的に捕まれた手首に、クロロは全部知っているんだと気づかされた。クロロに逆らうことは出来ない。もちろん、逃げることも。