中編

□愛の定義
1ページ/3ページ

大きな収穫があったとき、私たちは盛大にお祝いをした。貴重なものを見つけたときが特に多くて、その日もそうだった。まだ残暑の残る初秋の夜、うっすら肌寒さを感じる、そんな夜だった。

みんなでひとつの部屋に集まって煽るようにお酒を飲んで、気持ちのいい気候に私は気づかないうちに眠っていた。ひとりまたひとりと自室に帰っていく仲間の中で、私とフィンクスだけ飲み過ぎて寄り添うようにして眠っていて、みんなのいないシンとしたその部屋でおもむろに目を覚ました。寒かったようでフィンクスの胸に貼り付くようにしていた自分に少しだけ驚いてから、フィンクスを起こそうと肩を揺らした。

「フィン…ねえ起きて…」

気だるそうだけど目を開けたフィンクスにほっとしたとき、腕を引かれてキスをされた。何が起こったのかそれすら判断できないほど頭は真っ白で、体を離されてからも呆然としてしまっていた。

「…なにしたの?」
「キスだろ、さすがに知らねえわけねえよな?」

そういうことじゃないと言いたかったけど、混乱しすぎて何も言えなかった。なぜキスをされたのか、フィンクスが何を考えてそうしたのか、何も分からなかった。

「クロロと付き合ってんのか?」

ようやく体を起こしたフィンクスは全く悪びれることもなくそう言った。あまり知識のない私でも、男女関係のそういった知識は少しだけあった。ただの仲間とキスをするのは何か間違ってる、好き合ってる男女がすることなんじゃないかと、漠然と思った。

「…付き合ってるわけじゃねえんだろ?クロロのお気に入りのひとつってとこか?」

何も答えないでいて告げられた言葉はあまりにも心を貫くものだった。クロロは一度だけ私にキスをしてくれた。それはつまり、私を少しでも好きだと思ってくれているんだと、思っていた。でも、フィンクスが言うお気に入りというものも、好きなものという分類に入る。だとしとら、私は一体何?

「なあ、クロロのそばを離れろとは言わねえけど…少しは好きにしたっていいんじゃねえか?クロロの言うことばっか聞いててつまんなくねえのかよ」
「…私は好きでクロロのそばにいるよ」

私にはクロロが全てなのだから。フィンクスに何を言われてもそれは絶対変わらない。私自身すら、クロロのものだから。

「なら、教えてやる。楽しいことも嬉しいことも、ちゃんと経験しろ。おまえは狭いとこに居すぎだ、慣れすぎてる」

フィンクスの言っていることは、そのときの私には理解が出来なかった。慣れというのは恐ろしいものだと思う。そう思えたのは、この日を境にフィンクスが私を外に連れ出してくれたからだった。どう説得したのかは未だに知らないけど、フィンクスはクロロに、私を外に出すこととクロロの許可を取らなくても好きに部屋から出られるようにしてくれた。外に出るときは一人きりにはしないということを条件にして。

フィンクスは色々なところに連れていってくれた。ゴミ山のようなこの街にひっそりとある湖やかなり小さいけれど花が咲いている場所、煙草を売っている暗くてあやしげなお店とか、本当に数えきれないほどたくさんの楽しいものを私に与えてくれた。朝起きるのが毎日楽しみになるほどだった。
もちろん、私とフィンクスの距離は極端に縮まった。ただの仲間なんて枠組みの中に収まっていられる訳がなかった。二人きりになると、思い出したようにフィンクスは私にキスをしてきて、最初こそ戸惑っていたその行為に結局溺れたのは私だった。
自分からキスをしたのは、湖に映る夕焼けを眺めていたときだった。なんとなくしたくなって、なんとなく膝の上に乗ってした。目を丸くして驚いてるフィンクスに、私が逆に驚いた。いつもしていることなのに、どうしてそんなに驚くのかが分からなかった。

「…なんでキスしたんだ?」
「え…、したくなったからかな…?」

フィンクスだってそうなんじゃないの、そう無邪気に言い切った私にため息をついたフィンクスの気持ちは、今なら分かる。でも結局のところあのときにはどうしようもないことだった。無知というのはおそらくそういうものなんだと思う。

膝の上に乗ったまま、あきれ顔のフィンクスにもう一度私はキスをした。もちろん、なんとなく。ただ唇が触れ合うだけの行為なのに、何かが伝わる気がして、そしてただ安心した。自分が誰かから求められているという、その事実が。
二回目も、フィンクスは驚いた顔をしていた。それがなんだか可愛くて、三回目のキスをしたとき、きつく抱きしめられてフィンクスに求められた。
舌を絡ませるキスも、体をなぞられるのも、敏感なところを触られるのも、そして繋がることも、初めて経験した快楽に、文字通り私は溺れた。フィンクスはおそろしく優しく抱いてくれて、痛みなんて全然なかったから余計にひどかった。二人きりの時間を取れる度に、私がフィンクスを求めた。フィンクスが私を求めるときももちろんあったけど、私の方がはるかに多かった。フィンクスの愛撫は私の思考をなし崩しにしてしまうほど甘いものだった。

春から秋にかけて、何度も肌を重ね合わせた。暑い夏も、汗でべたべたになりながら繰り返し交わった。そしてそれだけそういうことをしていれば普段の接し方も変わっていくもので、私とフィンクスの変化に誰もが気づいていて、私だけが何も分かっていなかった。

「フィンクスと随分仲がいいみたいだね」

秋が深まってきた頃、シャルが軽口を叩くように聞いてきた。私は素直に肯定をした。仲がいいという表現よりも、ずっと深い関係であることは言わないでおいた。フィンクスは誰にも話そうとはしなかったし、私もそれを人に言っていいものかどうか分からなかったから。

「クロロに何か言われてない?」
「クロロ?何も言われないよ、どうして?」

ふうん、そう言って少しだけ思考を巡らせたシャルは、頭の回転がいい彼らしくすぐに何かを思い付いたようだった。

「○○はクロロがどう思ってるか、気にならない?」
「…どういうこと?」
「例えばさ、クロロがマチと必要以上に仲良くしてたら○○はどう思う?」
「必要以上?」
「そう、○○とフィンクスみたいに」

クロロがマチと。私とフィンクスみたいにって、それはキスしたりもっと深く触れあったりするってこと?
クロロが?

「嫌みたいだね」
「え…」
「悲しそうな顔、してる」

頬に添えられたシャルの手は思ったよりずっと大きかった。自分が悲しく思っている、そのことを認識しようとしている私に、シャルは何の前触れもなくキスをしてきた。

「シャル…?」
「ね、クロロにも同じ気持ちになってもらおうよ。きっとクロロも気づいてないだけだと思うんだ」
「…どうやって?」
「俺にキスしてよ、○○から。クロロの目の前で、今みたいに」

そのときはすぐに訪れた。シャルはきっと分かってたんだろう、クロロがもうすぐ帰ってきて、そしてシャルに話があることを。
ドアが開いてわずかな隙間からクロロを確認すると、シャルは私に目配せしてから私の腰に手を回して引き寄せた。困惑しそうになるのをなんとかこらえて、シャルの頭を抱き寄せるようにしてキスをした。怖くて目は開けられなかった。何に自分が怯えているのかは分からないのに、強大な恐怖があった。
シャルがきつく抱きしめ返してきたとき、すぐそばを鋭い風が通り抜けた。とっさに目を開けると、シャルの頬に真横に切り傷が出来ていて、血が流れ始めていた。

「シャル…!」
「何をしてるんだ?」

急にガクガクと震え始める体を、シャルが支えてくれて倒れずにすんだ。それでも息すら苦しくなってきて、一体何が起きたのかぐらぐらする頭で考えていた。

「クロロ、○○にその殺気はきついよ」
「何をしていたんだ、シャル」
「クロロもその辺の適当な女とよくしてるだろ。俺が○○としただけでなんでそんなに怒るのさ」

シャルとクロロの会話は、私の耳には入って来なかった。そのときにはもう意識がほとんどなくて、起きたときはクロロの部屋だった。いつも寝起きしている部屋で、クロロはいつもよりずっと優しく私の頭をなでていた。

「起きたか?」

優しい声。目を向ければ心を溶かしてしまう優しい笑み。

「○○、愛してる」

首に頭を埋めてくるクロロを呆然と受け止めながら、耳に響いた言葉が聞き間違いじゃないかと疑っていた。

「っ…いた…」
「愛してる」

優しい痛みを感じながら、聞き間違いじゃなかったんだと気づかされた。赤く残るキスマークを、クロロは噛みついてさらに赤く染めた。そうして落とされた二度目のキスも、また血の味がした。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ