中編

□優しさの意味
1ページ/4ページ

静かすぎる部屋で、加湿器のコポコポという音だけが唯一沈黙を破っていた。あるゆるものが静寂の中に含まれていて、それはもちろん私もだった。この空間を支配しているのはクロロで、私に触れる彼の手も腕もひどく優しいのに押さえつけられているような感覚に陥る。

「○○」

心も、何もかもさらってしまう微笑みで、クロロの唇がそっと私の耳に触れる。

「…愛してる」

ささやくように言われた言葉。クロロが"愛してる"と言うときには、決まって傷が増える。今回は、そのまま耳を噛まれた。甘噛みなんかじゃなく、ちゃんと赤い血が流れる、そういった傷が。私の体にはあちこち刻まれている。

約束事はふたつ。
ひとつは、どこかへ出掛けるときは必ず連絡をすること。これは前にも約束したことだったけど、もう一度。
そしてもうひとつ。
フィンクスとは二人きりで会わないこと。

私がフィンクスと昨日偶然会って吹雪のせいで仕方なくフィンクスの家に泊まらせてもらった、ということをクロロは詳細に知っていた。お風呂に入らせてもらったことも、掃除をしたことも、チェスをしたことも、嘘をついて一緒に寝たことも。

「なぜ嘘を吐いてまでフィンと一緒に寝た?」

私の血を舐め取りながら、クロロは聞いた。表情の見えない声は優しかった。底が見えないほど、深い優しさを感じさせるものだった。

「クロロ…」
「なんだ、○○?」

私の愛は、クロロには充分じゃないんだろう。増えていく約束に傷は、クロロの想いに反した罰なのか。それとも、それすら愛情のひとつなのか。

「もうクロロ以外の人と一緒に寝ない。…困ったときはクロロを呼んでもいい?」
「ああ、どこにいてもすぐに行く」



クロロは私を抱かない。いつも優しく触れるだけで、キスもそう。情熱的とか官能的とか、そういうものとは程遠い。その代わり愛はこもっている、と思う。優しさというものは、ありすぎるときっとよく分からなくなってしまうもので、私はクロロが本当に私を愛してくれているのかが、今はもう分からない。

クロロに抱かれたいと思ったことは何度もある。数えきれないほど、ひとりでいるときやクロロ以外の誰かといるときに。なのに、クロロを前にするとその気持ちは途端にばかばかしいものに感じてしまう。なぜなのかは分からない。ただ、あの瞳を前にすると、私の意思は私の手の内から消え、クロロが私の全てを手中におさめてしまう。それがクロロのせいなのか、私のせいなのかも、私には分からない。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ