彼のセリフシリーズ

□まさか俺を忘れるはずないよな?
1ページ/1ページ

あれから、八回目の秋。目の前の狂い咲きの桜は、あの日とちっとも変わらない。

彼は、私の全てだった。
…今もまだ、私の心をつかんで止まない。
この桜の下で出会って、別れたあの秋。



まだ残暑の残る初秋に、この街には似合わないこの桜の下で私たちは出会った。私の持つ一冊の本を奪いに来た彼は、結局私から取らずに一緒に読みふけった。それからはお互い本を読むとき、特に約束をしたわけでもないのにここに来て読んだ。顔を近づけて、この街では貴重な本を二人で読みあさった。

そんな緩やかな時間は長くは続かなかった。彼はこの街を出ると言い、私にはそんな考えも思い浮かばなかった。私には力もなかったし、強い心もなかった。

でも、結局は私もここから普通の世界へと足を踏み出した。それは半ば強制的に。私にはここで生き抜いていく力なんて元々なかったから。

街を出るときに彼は言った。十年後、またここで会おうと。なぜそんな約束をするのか説明もせず、それだけ言って去っていった。あのときの去り際の彼の背中を、私は今も鮮明に覚えている。

十年という月日は、最初とても長く感じて、でも今になってしまうと短い。私は期待と不安の両方に、毎年この場所に来ていた。もしかしたら会えるかもしれない。十年後には忘れられているかもしれないから、偶然彼がここに帰って来るその小さな可能性に、私は毎年すがっていた。

舞い散る花びらは儚げで。私の心に寂しさや悲しみを落としていく。

ざあっと、風が吹き抜ける。流れていく花びらを目で追いかけて振り返ったそこに。

瞬きをして、幻かと思った。あの日の面影を確かに残した彼は、静かにこちらへ向かってくる。
ずっと待っていたときのはずなのに。怖くて視線を外した。覚えてるわけない。未練がましく執着しているのは、私だけだ。

「久し振りだな」

それは聞き覚えのない、低い声。私の知る彼は、もう消え去っている証。
小刻みに震える体。本当は今すぐ駆け出してしまいたい。拒絶を恐れて動けない私は、あの日から何も変わっていない。

「まさか俺を忘れるはずないよな?」

もう一度吹き抜けた風に、花びらを追う振りをして、私は振り返った。
彼がたずさえる微笑みは、確かに私の心を溶かして。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ