謀と惹かれ逢えば偶然の下に

□Coincidence.7
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埃っぽい背表紙に手を触れると、そこには長い年月から生まれた沈黙が、確かに佇んでいた。イスの背もたれにもたれて、大切に手のひらで包むように持ち上げた本を眺める。色々な人の手元を渡って、今、この本は私の元にいる。それはやっぱり、少しだけ幸せな気分をもたらしてくれる。

本に書かれている内容は、私にとってはそこまで重要じゃない。私が好きなのは、文章そのものだ。著者によって、ひとつひとつ表現の仕方がまるで違う、その言葉の使い方が、言葉の見せてくれる色々な表情を眺めるのが、私は好きだ。

だから、そう、暗号の図表化って…かなり私の興味から外れてるんだけど…。まあ、うん、堅苦しい文章も好きだから、使用方法は平気かな…。

わたあめをちら、と一度眺めて、私はそっと本をテーブルに乗せた。表表紙に手のひらを、小さくひとつ息を吸い込んでから、静かに、でも容赦なく乗せた。

それぞれの本によって、性格は様々だ。読んでほしくて仕方ない、そういう無邪気な性格の子もいれば、手入れを入念にして愛情をたっぷり注がないと読ませてくれない、シャイだったり女王様気質の子だって、けっこういる。
今回の子は、読破されるのが久しぶり過ぎたようで、寝ぼけていた…というかまだちょっと寝てる、そんな感じだった。

とにかく、私の頭に莫大な量の情報が凄まじい勢いで入り込んでくる。あなどっていたわけじゃないけど、それでも想像の倍は上回っていて、襲い来るめまいと吐き気に急いでわたあめを手にした。ヤツが私を舐めるように観察していたけど、気にする余裕もなくむしゃむしゃとわたあめを食べていく。指先がベタベタになって、口の中が甘ったるくなるほど食べても、めまいも吐き気も良くなる気配は皆無だった。余計ひどくなる一方の症状に、とにかくわたあめを口に詰めこむけれど。食べる時間すらもどかしく感じる。食べて食べて、三十キロあったわたあめが一回り小さくなったところで、私はようやく一息ついた。本当に、深呼吸をゆっくりたっぷりして、背もたれに完全に体を預けて。

「終わったようだな」
「………そ、すねー…」

ああ、だめだ…元気でない…。このまま寝たい…。イスからずるずる脱力した体が落ち始めていて、でも体勢を直すのは無理そうだった。久しぶりに使った能力。最後に使ったときも、こうして倒れた。私が、倒れなければ。そうすれば、間に合ったのに。

ごめん、うわ言のようにつぶやいて、暗くなる視界に映った人を認識する前に、私は目を閉じた。背中に回された温もりを確かに感じて、重い腕をなんとか持ち上げて服をぎゅっと握りしめた。もう二度と、離れないように。
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