謀と惹かれ逢えば偶然の下に
□Coincidence.3
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威圧的なノックの音は、十秒後にもう一度鳴らされた。無意味だと分かってるけどベッドに潜り無視を決め込もうとしたとき、気づいた。
あれ?私、家賃払ったよね?
え、じゃあ大家さんじゃないのかな。でもこの、早く金払え的なノックは一体何なの。絶対普通の用件じゃない。そう、宅急便とか悪質商法の営業マンとかじゃない。
とすると…
依頼主関係か!?
やだやだ、のほほんとごはんなんか食べてないでよ、私!絶対、そうだ!早く仕事しろって言われるんだ!こわいこわい!でもこれ無視してたら余計やばい…!
ベッドから飛び起きた私は乱れた髪もそのままに急いでドアを開けた。バンッと音を響かせた開けたそこに、確かに妙な佇まいの男がいた。
仕立てのいいスーツ、は、いい。
なにその、額の包帯。絶対普通の人じゃない。
怖々見上げたその人は、なぜか異様にびっくりしていた。数秒だけだけど流れた沈黙の中で、怪訝な眼差しで顔をよく見ると、うさんくさいほどかなりいい男だった。身長もあるし体格も悪くない。顔はすんごい、いい。
でもなぜか額に包帯巻いてる。はい、アウトですね。
「リーアさん、ですか?」
辺りに静かに響いたその声は、はっとするほど低くて、そして改めて見つめたその人は絵から抜き出したように優雅な笑みを、私に、向けていた。額の包帯がなくて、なおかつ最初のうさんくさいイメージがなければ、確実に胸がときめいていた。いや、一瞬ときめいたのかも。
「そう、ですけど…依頼の件ですか?」
こんなかっこいい、見た目だけじゃなく口を開けてもかっこいい人が私を訪ねてくるなんて、悪質商法か金の取り立てくらいしかない。そして今私に金の取り立てが来ることはないし、悪質商法の疑いは払拭できないけど、なんとなく営業には見えなかった。そう、そして私の名前知ってるし。やだ、怖い。
「あの、ご依頼頂いた件はこれからきちんと調べていきますので…!」
だから、とりあえず帰って!と切に目で訴えてみるも、その人はさらに笑みを深めた。夜空に浮かぶ星すら恥じらうんじゃないかと思うほど、魅惑的な笑みだった。
「大丈夫ですよ。依頼の件はリーアさんにお任せしますから。ただ、ひとつだけ確認したいことがあるんですよ」
「えっ…、なんですか?」
まあ、立ち話もなんですから。そう言って私の家に足を踏み入れてくるその人に、何か違和感を感じた。いや、ていうか勝手に入んないでよ!
「ちょ…あの、急に来られても困ります。実は今食事中だったので散らかってるし…」
「ああ、気にしないでください。すぐに済みますから」
いやいや、気にするよ!女の子の家に勝手に入るとか、気にしてよ!これだから顔のいい男は嫌なんだ!何してもいいとか思ってるんだ、きっと。
勝手にずかずかリビングに入ったそいつは、テーブルに並んだ料理を一目見て、また驚いた顔をした。だから、散らかってるって言ったじゃん。
「意外にまともだな…」
「は?」
今、絶対、意外とか言ったよねこいつ。何なの。何なのよ、こいつ!もう、やだ!へこへこ媚作ろうのなんてこいつにはしてやらない!
「ちょっと、さっきから勝手すぎるのよ!大体、何も考えずに依頼受けちゃった私も私だけど、依頼してきたのはあなたでしょ!?だったら私に任せて、とにかく帰ってよ!急に来られるのも困るし、人の話を聞かないのも腹が立つし、マナーがなってないのも嫌なの!」
言った…!言ってやった…!
あー、すっきりしたぁ…って違う!
「ほお、どうやら度胸と威勢だけはあるようだな。まあ、いい。それならそれで俺にも考えがある」
やだ、やばい!さっきまでの穏和な顔が消えてる!やっぱりこいつうさんくさい系なんじゃん、私のばか!