tesoro mio

□tesoro mio14
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時間は止まってなんかいなかった。私の時間も、お兄ちゃんの時間も、あたり前だけど確かに動いていた。前に進んでいるのか、後ろに進んでいるのかは、分からないけど。

唐突にやって来た訪問者はものすごく感じのいい綺麗な女の人だった。ズシとも面識があるようで三人で少し談笑をして、お兄ちゃんが私を紹介してくれた。あたり前だけど、妹として。
私がいると知ったその人は紙袋をお兄ちゃんに渡してすぐに帰って行った。気づかいの出来る、それでいて嫌味の全くない、誰もが好感を持ちそうな女の人だった。私もきっと、好きになれたはずだけど。胸に渦巻く複雑な感情は自分にすら解読出来ない。

リビングに戻って、たまたま、目についた紙袋の中身は男物のワイシャツだった。新品じゃない、着回していくらかくたびれてきている、ワイシャツ。

もうピザもワインもおいしくなかった。油っぽいピザは、胸にどろどろとしたその油を撒き散らして、ワインはそれを払拭するどころか混ざりあって、私の体中にそのどろどろを行き渡らせた。頭まで侵食されきったところで、ズシがそろそろ帰ると遠慮がちに言ってきた。迷うことなく私はズシの部屋に泊まらせてもらおうと決断して、それを聞いて驚いている二人に私は何も言えずに、ズシの腕に顔を埋めてなんとか宿から外に出た。

「○○さん、具合悪いっすか?大丈夫っすか?」
「…大丈夫、ありがと」

久しぶりの天空闘技場には、感慨は何もなかった。それを感じるはずの心が、どろどろの暗いものに占められていて何にも反応しなかった。

「あの、○○さん…横になりますか?お風呂は…」

遠慮がちな声。やっと意識を取り戻した私は、どうやって来たのかズシの部屋にいた。こんな小さな子に気をつかわせるなんて、だめな大人すぎて情けない。

「ズシ…、ごめんね!もう大丈夫!ズシお風呂に入るよね?私も入りたいな!」
「はい…、○○さん、その…」
「なに?どうしたの?」
「無理して、笑わないで下さい」

背の大きくなったズシが、前よりずっとずっと大人に見える。ぎこちなく、あやすように頭に置かれた手が安心を運んでくれて、それはお兄ちゃんに感じるものとよく似ていた。

「…私、へんなのかな?」
「どうしてっすか?」

あのシャツは。お兄ちゃんがあの女の人のおうちに泊まったことをはっきりと示唆していて、そんなことは知りたくなかった。素敵な人だって分かるのに、あの人を妬んで嫌な人だと勝手に思ってしまう。

「…さっき会った人は、師範代に借りたシャツを返しに来ただけっすよ」
「え…?」
「自分と師範代が出掛けたときに、路地裏で数人の男の人に襲われそうになってたんす。それですぐに助けて、その、服が破けてたんで、師範代が着ていたシャツをかけたんすよ。それだけっす」

数秒、真剣な顔のズシを見つめた。安堵したのと同時に、勘違いした自分とそれに気づかれたことが異様なほど恥ずかしくて、顔を手で隠した。ズシが気づいてるなら、お兄ちゃんだって絶対気づいてる。自分のことしか考えられなくて身勝手な行動をしてしまったと、後悔してももう遅い。私はあの人に嫉妬をした、それはまぎれもない事実だから。

「師範代があんなに嬉しそうにしてるのは久しぶりっすよ。ずっと、どこか悲しそうだったんで…」

暗いトーンに下がった声は、ズシの顔もうつむかせていた。
ズシには最後までお兄ちゃんとのことを言わなかったけど、目の前でキスをしたのだからやっぱり分かってるはずで、でもやさしすぎるズシは何も言わないでいてくれる。

明日は、ちゃんと話せるかな。ちゃんと目を合わせて、自分の気持ちを素直に。大人になるにつれて、人は素直になれなくなるものなのかもしれない。とても大切で、大事なものに対してこそ。
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