tesoro mio

□tesoro mio14
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どうにかなってしまいそうで、振り返れない。本当は、抱きしめ返してよく見たい。やさしくて穏やかな空気に包まれてる、お兄ちゃんを。

回されていた腕はすぐにほどかれて、きっともう私が逃げないと分かったからだろうけど、その腕を追うようにして振り返ってしまった。

それはあの日、小さな希望を込めて置いていった青。あの日の私が、私を大きく揺さぶる。

「会いたかった…私も…」


窓辺のイスはたっぷりの日差しをうけて温かくて、カーテンが開け放されたこの部屋は、いつか感じたのと同じように時間が止まっている気がした。テーブルの上には読みかけの本が伏せてあって、アールグレイの香が鼻腔をくすぐる。

「…あれ、ズシは?」
「ああ、今は天空闘技場の自室にいるはずだね」
「ほんと?ズシ強くなったんだね」
「…○○も随分強くなったね、前とはまるで違う」

前とはまるで違う。そんなつもりがあるかは分からないけど、それは胸に突き刺さる言葉だった。

前と何も変わらないこの窓辺のテーブルで、前と同じように紅茶を飲む時間が、あの頃とは何かが違う。私たちの間に流れる親密な空気は変わらない。変わらないけど、それから目を反らしてる。気づかないように、それに引き込まれてしまわないように。
当たり障りのない話ばかりをする私に、お兄ちゃんは小さく相づちを打ってずっと聞いてくれていた。胸が締めつけられる気がするのは、自分のせいなのかお兄ちゃんのせいなのか。
どうして、抱きしめられたいと思ってしまうんだろう。


夕方久しぶりに会ったズシはかなり大きくなっていて、成長期の男の子に私は衝撃をうけた。私より小さかったのに。かわいかったのに。今や見下ろされるなんて…。

「ズシなんて…にょきにょき成長するズシなんて…うぅ…おっきくなってもかわいいから許す…」
「○○さん…大丈夫っすか」

ズシの修行風景を眺めていると、確かに前とは違ってズシは大きくなってるし、修行だって全然違うものをしてるけど、この部屋にしっくりと私は馴染んでいた。それは自分の居場所がどこにあるのかがよく分からなくるほどに。時間が止まっているような場所、お兄ちゃんの空気で満たされている場所。

ズシは気をつかって食事を別に取ろうとしてくれたけど、ズシともたくさん話したいことがあった私はなかば無理矢理引きとめた。大きくなっても困った顔をするズシはまだまだ幼くてかわいくて、つい過度なスキンシップをしてしまう。腕に触れるだけだったのが抱きついたり。頭をなでたり。

デリバリーのピザとお兄ちゃんが棚の奥の方から出してきたワインは、どちらもおいしかった。きっと別の場所で食べたらピザはそれほどおいしくないんだろうけど、今ここで食べたピザは本当においしかった。ワインは甘くて、ひとりきりで飲んでもそれはおいしいものに違いなかった。

「ゴンさんとキルアさんは元気っすか?」
「…うん、二人とも元気だよ。ばか高いゲームをクリアするのに奮闘してる」
「ゲームっすか?」

二人の話が出るのはあたり前だ。キルアのことを聞かれるのも、あたり前だ。
一瞬うつむいた私にズシは気づかなかった。私も気づかなかった。視線を感じてから気づいた私に、ワインに目を向けたお兄ちゃんは何も言わなかった。
ただ手の中のワインだけが、感情的に揺れていた。
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