tesoro mio

□tesoro mio16
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振り返っちゃいけない、そう前は思ったけど。顔だけ向けた先の宿を見上げても、今はもう本当に苦しくない。周りの建物と同じように午後の光の中に佇んでいるだけで、少しだけ甘く輝く。

背中を向けて足を踏み出せば、春先に髪を切ったときみたいに心も体も軽くてなんとなく楽しかった。自然とゆるむ頬を気にせずに、イヤリングを指先で軽く遊びながらスキップでもしてしまいそうな雰囲気で歩き始めたとき。

「何かいいことでもあったのかよ」

口笛を吹こうとしてやめた。聞こえるはずのない声が聞こえるなんて、幻聴に襲われるほど会いたいと思ってたらしい。早く帰って抱きしめてもらおう。ぶつぶつ何か言われるかもしれないけど、そんなこと気にしないで満足するまでぴっとりくっついて。そうしたらきっとキルアはしぶしぶ優しく抱きしめ返してくれるから、きっと。

「早く会いたいな…」
「誰にだよ」

これは…私は幻聴で会話が出来るようになってしまったらしい。いくらなんでも病院に行くレベルでやばい。

「それより…私こんなにキルアが好きで仕方ないんだ…」
「…」

早く会いたい。ちょっとぶっきらぼうな声でもいいから、幻聴なんかじゃなく本当の声が聞きたい。あんまり言ってくれないけど、好きだって言ってほしい。

「私が好きって言ったら、キルアも好きだって言ってくれるかな…」
「…」
「言ってくれないかも…自分で想像して悲しくなってきた…」
「…言ってやるよ」

ああ、また幻聴が…もうあきらめて幻聴との会話を楽しもうとした私に、突然おとずれたのはきつい抱擁だった。うしろから回された腕と、熱すぎる体温。

「…好きに決まってんだろ」
「えーと………、え!?」

なんで?そうごちゃごちゃ考えようとして、でも回された腕も声も間違えるわけない。それでも顔を見たくて振り返ろうとしたら、全力で阻止されて首が痛い。

「いたい!…え、なんでなんで?…キルア?」
「今見んな」

ふわふわの猫っ毛が首筋に当たってくすぐったくて。体をよじって離れようとしたのに、さらにきつく力を込められて首筋にそのままキスをされた。

「ふぇっ…ちょっ、ちょっとキルア!」

こんな往来の真ん中でこんなことしてたら恥ずかしいただのバカップルみたいじゃん!

「キルア、はずかしいから…」
「すげー不安だった…戻って来ないんじゃねーかって…」

最後の方は少しだけ声が震えて、それに共鳴したように腕もか細く震え始める。首と頬に当たる髪も、震えてる。

まっすぐな瞳で背中を押してくれたのには、きっと偽りなんかなかった。あのときも本当は不安だったはずなのに、私を前に進ませてくれたのはやっぱりキルアなんだ。

小さく震える腕から抜け出すのは簡単で、無意識に追いかけてくる腕の中に自分から飛び込んだ。私よりほんの少しだけ大きいキルアには、背伸びをしなくてもキス出来る。
こうして晴れて完全にただのバカップルになりました。周りの視線が痛いけどもう気になりません。すみません。
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