tesoro mio

□tesoro mio14
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突き抜けるような青い快晴の空に、ひとつだけぽつんと白い雲が漂っていた。小さくて、見捨てられたようにも見えるその白い雲は、それでも広すぎる大空の中をひとり懸命に進んでいた。風が背中を押してくれるのか、震えるように形を変えて。

毎日見て通っていた階段は、前と同じでばかみたいに足音がひびいた。そんなつもりはないのに自己主張しているように大きな音がなって、一段目に足を置いた瞬間、踵を返したくなった。

足を進められたのは、やわらかな風がうしろから吹き込んできたから。大丈夫だと、言われている気がしたから。

あと一段。上りきってしまえば、視界の端にドアが見える。見たくない。まだ今なら、戻れる。
もし見てしまったなら、私はどうなるんだろう。自分のことなのに、何も分からない。落ち着いていられるのか、駆け出してしまわないのか、ドアを乱暴に開けて飛び込んでしまわないのか。

全て記憶の奥底に閉まっておきたい。動揺する自分も、不安でいっぱいな自分も、誰にも知られずに隠してそして戻りたい。

階段の手すりに手を置いて意味もなく空を眺めると、雲はずいぶん先まで進んでいた。まだひとりきりで、でももう臆病にも寂しそうにも見えなかった。

上りきったのとドアが開いたのは、同時だった。無機質な冷たい金属音が、温かみをもって聞こえたのはきっと気のせいじゃない。見なくたって分かる。まだ全身が覚えてる。

駆け出してくる足音は一瞬で迫ってきて、怖くて階段を下りようとする。踏み出そうとした足は、一段目にたどり着かなかった。強く引かれた体は腕の中に収まっていて。背中いっぱいに感じる体温は懐かしさを感じるもので。

「会いたかった」

鼓膜を振るわせる声。自分が言ってしまったのかと錯覚してしまう。

顔を上げた先の空に、雲はもういなかった。どこへ向かったのかも、消えてしまったのかも、今はもう分からない。
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