tesoro mio

□tesoro mio5
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結局、私はキルアから逃げるように部屋を飛び出して、ゴンの部屋に駆け込んだ。ちょうど電話中で部屋に入るのはやめようとして、でも静かにしてればいいかなと思ってそのまま居座った。ゲームの審査会の話みたいで、ゴンがなぜか気まずそうに私を見たから、やっぱり電話中はだめかと思い直して、部屋を出ようとしたらゴンにちょっと待って!と呼び止められた。

「どしたの?」
「あ…、えっと…ちょっと話す?」
「…誰と?」
「えーっと…、とにかく少し話しなよ!」
「えっ、だから誰なの?」

無理矢理渡された携帯に戸惑いながらも、たぶん知り合いだろう誰かと話そうと耳に当てた。

「もしもし?」
「……」
「?……○○です、もしもーし!」

うんともすんとも言わない相手と携帯。

「ゴン、これ繋がってる?電波悪いのかな」
「えっ、あー…、そ、そうかな?」

なんでそんなに挙動不審なの、ゴン。なんか変な人と電話つながってるんじゃないの、もしかして。
…は!変な人と言えば、ヒソカさん!?…そっか。たぶんゴンは電話を切りたいのにヒソカさんが怖くて切れなかったんだ。ヒソカさんからしたらゴンと楽しく話してたところに私が出たものだから、きっとご機嫌ななめなんだ。よし、私がうまく解決してみよう。

「もしもし、ヒソカさんですよね?ゴンはちょっと急用ができちゃいまして」
「……」
「ヒソカさん?あの、切りますね?」
「…相変わらず、少し抜けてるみたいだね」

耳から入ってきた声が、頭に直接ひびいた。静かな声だったのに、強く頭をゆさぶられて、私はぺたんと座り込んでしまった。耳が、頭が熱かった。

「元気にしてるかい?」

やさしくて穏やかな、少し低い声。
ずっと聞きたかった、大好きな声。

「お兄ちゃん…」

無意識に出た言葉は、震えてしまっていた。携帯を握る手も震えていて、落としてしまわないように持ち直した。

「○○もゲームに参加するのかい?」
「う、ううん…、私は参加しない…」

お兄ちゃんだ。前と何も変わらない、安心感。包み込んでくれるような雰囲気。大好きな、お兄ちゃんの空気。

「参加してみるのもいいかもしれないね、○○も」
「…え?ゲームに?」
「そう。念能力者専用みたいだから、いい修行になるんじゃないかな」

ゲーム…。そんなことよりお兄ちゃんは元気にしてるの?ちゃんとしたごはんは食べてるの?本ばかり読んで夜更かししてない?

「お兄ちゃんは…」
「うん」
「…今日朝ごはん、何食べた?」

…何言ってるの、私。よりによって朝ごはんて。聞きたいこといっぱいあるのに!

「今日は…、オレンジだったかな」
「前の食生活に戻ってる!」

お兄ちゃんはなんでこんなに身の回りのことに興味がないの…?怒ってもきっと正す気ないだろうし。どう言えば…。

「○○は何を食べたんだい?」
「えっ…、私は…くるみのパン…」

言ってから、しまったと思った。こんなことを言ったらきっとお兄ちゃんは気に病む。だってまだ好きだと言ってるのと同じだ。

「あ、あのね!好きになったの、くるみ!味覚が大人になったんだよ、きっと!」
「…そうだね。好き嫌いはあまりしない方がいい」

気まずくなってしまった空気に、それでもお兄ちゃんとの繋がりを感じられるその空気を、私は手放したくなくて、何か話そうと必至に頭を働かせた。

「お兄ちゃん…っ、ちゃんとごはん食べなきゃだめだよ!あんまり夜更かししないで、それから…」
「○○」

○○。
ただ名前を呼ばれただけなのに、どうしてこんなに特別に感じてしまうんだろう。

「○○も、体に気をつけるんだよ」

待って。まだ切りたくない。どんな話でもいい。ううん、話さなくてもいいから、ただ繋がっていたい。離れたくない。

「たまに…こうして電話していい?」
「もちろん、いいよ。待ってる」




切れた携帯を握りしめて、お兄ちゃんとの会話を反芻する。

声が聞けただけで、ほんの少し話せただけで、こんなに気持ちがあふれる。お兄ちゃんは、今何してるんだろう。いつもの窓辺のイスにかけて、本を読んでるのかな。カーテンを開け放した、あの明るすぎる窓辺で。

「○○」
「……ゴン」

心配そうな顔をしたゴン。ごめん、ゴンのことすっかり忘れてた。ここゴンの部屋だった。

「…あれ」
「どうしたの?」
「なんか…立てない。腰が抜けたかも…」
「え!大丈夫!?」

電話しただけで腰抜かしちゃうなんて情けなさすぎる。会えたら気絶しちゃうんじゃないの、私。

ゴンに支えてもらって、ぼろぼろのソファに座らせてもらった。まだお兄ちゃんとの会話が頭の中でぐるぐると回っていて、ぼんやりしてしまう。私の意識はあの窓辺に飛んでいた。食事を、お茶をした所。お兄ちゃんを眺めていた所。テーブルを挟んで手を繋いで、キスをして。抱きしめてくれた、あの窓辺。

頭を振って、過去を追い出す。いつまでもこんなことをしてちゃだめなのに。声を聞けて、嬉しかった。名前を呼んでもらえて、嬉しかった。

「…ゴン、ありがとう」
「ううん。…大丈夫だった?」
「うん、大丈夫。…嬉しかった」

きっとすぐに電話したくなるんだろうな。今はまだ、混乱するぐらい感情が高ぶってるからそれどころじゃないけど。普通に、妹として、いつか話せるようになるのかな。そんな自分を想像できないけど、頑張ろう。声が聞けるだけで、こんなに幸せになれるから。
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