眠りを誘う10題
□雨の音
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夜風に髪を撫でられたアロマは一つ大きな欠伸をした。
「……ハッ、色気の無い欠伸だな」
アロマと平行して歩くグラルダーは、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
アロマはピタリと立ち止まると、欠伸で目の端に涙を溜めながらグラルダーを睨んだ。
「欠伸に色気なんていらないわ」
「そうとは限らない。そういうものは細かい所にこそ一番出るものなんだからな」
「……色気のある欠伸って?」
首を軽く傾げながらアロマがそう問えば、グラルダーは考える仕草をして暫く悩んだ。
だが答えが出なかったのか、ニヒルに笑いながら肩を竦める。
「……さぁ?」
「……分からないなら言わないで」
「おいおい、待てって……」
完全に気を悪くし、むすっとした表情で言い放ったアロマは再びグラルダーを睨んで歩き始めた。
速歩きのアロマを追いかけるようにしてグラルダーは後を追い、血の様に赤い髪を掻く。
「なんだよ。そんなに怒るなよ」
話しかけるも、無視を決め込んだアロマは一切の返答もしない。無表情なのにどこか華のある彼女の横顔を、グラルダーは見つめ無意識に呟いた。
「そんなんじゃあモテるものもモテないぞ」
「……」
「お前、イイ女なんだから。それなりにな」
「……。」
『それなりに』という発言に反応したのか、アロマは横目でちらりとグラルダーを見た。
間違いなく怒っているーーしかし、そんなアロマの顔をグラルダーは密かに気に入っていた。
最も、アロマ自体を気に入っている訳なのだが。
「もし相手がいないっていうんなら……」
そう言いかけたが、一瞬頬に落ちてきた冷たい何かに反応してピタリと足を止めた。
"冷たい何か"は一つ、また一つと落ちてきて、やがてそれは雨の粒だということにグラルダーは気が付いた。
アロマも天を仰ぎ、闇の中でも分かる赤い目で曇る空をみつめている。
『俺にしないか?』と言おうとした手前、それを遮るように降ってきた雨にグラルダーは思わず失笑した。
「早まるなってことか」
勿論、そんなグラルダーの心情など知るよしも無いアロマは、急に笑って謎の言葉を放ったグラルダーを不審そうに見ている。
「行くぞ。風邪引いちまう」
「え?ちょっ……!?」
荒々しくアロマを横抱きにしたグラルダーは足を動かしてフリットの準備をし、夜の雨を置き去りにして闇に溶けていった。
雨の音
「恋を知らせる音」
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