その他夢
□守るから
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夕日でオレンジ色に染まった道に女性が一人。
そして彼女の数倍はある怪人が一体、彼女の前に聳(そび)えるように立っている。
長い耳の生えた生き物は一見うさぎのようにも見えるが、鋭い歯から漏れる涎とライトのように目を光らせているその姿は『怪人』そのものだ。
怪人が一歩踏み出すと、今にも泣きそうな顔の女性は一歩後退する。
ウサギ形の怪人は歯を恐ろしいほどカチカチと鳴らしながら女性の反応を楽しんでいる。
一歩進み、一歩退く。
「ひゃ……っ」
その時、女性は掌程の石に躓き尻をついて転倒してしまった。
痛がる余裕などなく、それをチャンスだとばかりに怪人の目が光る。
車のライトの様な光が、彼女の怯えた顔を映し出した……――
「なにしてんだ」
殴るような鈍い音と共に、無機質な声が彼女の頭から降ってきた。
女性は涙を溜めた丸い目を大きく開け、その光景をしっかりと目に焼き付ける。
怪人は断末魔の叫び声を上げながら体に穴を空けて倒れた。
「サイ……タマ、さん」
女性は怪人に穴を開けた人物を見上げ、震えた声でその名を呼んだ。
彼女が危険を冒してまでここに来る原因を作った、彼女が一番会いたいと思っていた――愛した人の名だった。
「春子、お前なぁ」
くるりと振り返った男――サイタマは、汚れた手袋を外すと彼女と目線が等しくなるようにしゃがんだ。
春子は安心と彼に会えたことへの嬉しさで目から大量の涙を流した。
堪らずサイタマに抱き着けば、その勢いに彼は短く呻く。
「勝手に来ちゃって……ごめんな、さい」
「……別にいいって。今回は俺がいたし」
よしよし、とあやすように、サイタマは春子の背中を擦る。
「でも、俺に会いに行くなんて理由でこんな目にあってちゃ、命いくつあっても足んねーぞ」
「……どうしても、会いたかったから……」
『彼に会いたい』
それは春子が命を張る理由としては充分だった。
涙で濡れた真っ赤な顔を押し付ける春子の頭を、サイタマはゆっくり撫でた。
「なぁ春子」
「……はい…?」
「だったらさ、俺んとこくるとか」
「……え?」
ポカンとした顔でサイタマを見上げると、サイタマは戸惑いつつ付け足す。
「…いや、だから、春子は俺と居たいんだろ?わざわざ遠い所から来るより、もういっそ俺んところ住んじまえばいいんじゃないかっ……て」
沈黙が二人を包み、サイタマは何か言いたげな顔で春子を見ている。
「ほら……ジェノスもきっと歓迎すると思うし。それに、」
「俺が側で守ってやんないとダメだろ、春子は」
ずっとそれが言いたかったのか、そう言ったサイタマの表情は少し余裕が見てとれた。
呆気にとられていた春子もその言葉を聞くと顔を歪ませ俯いた。
「……そうですね」
サイタマは春子が再び泣き出したのかと思い、体を少し離して様子を窺っている。
しかし顔を上げた時に彼女が見せたのは泣き顔でなく、赤らんだ頬に濡れた瞳が眩しい笑顔だった。
途端にサイタマは紅潮し、春子から目を逸らした。
「かっ……帰るぞ。今夜は鍋だ」
「はいっ」
春子は差し伸べられた手をとり立ち上がると、手はそのままに歩き出す。
落ちかけた太陽はまだ、オレンジ色の光として二つの影を照らしていた。
守るから
たとえどんなことがあっても、その手は離さない
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