龍が如く 短編
□貴方と見る楓
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「紅葉、綺麗でしたね」
乾燥した秋の外気を取り込みながら、春子がドアを開ける。
後ろにいた柏木は彼女の開けたドアをおさえて入るよう促した。
花粉に悩まされていたと思えば、すぐ太陽の溶けるような熱に冒され――そして気がつけば季節は、既に紅葉の彩る『秋』を指していた。
柏木と春子は神室町から少し離れた公園から帰ったばかりだった。
その公園は規模こそは小さいが、紅葉が美しいことで巷では有名な場所である。
視界の全てを包むような秋の色は、帰った今でも記憶に深く刻まれている。
「これ、まだ綺麗だったから拾ってきたんです」
嬉しそうに言う春子に目をやると、彼女は二枚のもみじを柏木に見せていた。
真っ赤なものと、少し橙色が残ったものだった。
「拾ってどうするんだ?」
柏木は苦笑しながら訊いてみた。
以前、夏に公園を訪れた時、春子が蝉の抜け殻を持ち帰ってきた時のことを思い出したのだ。
飾るということもできないまま、その抜け殻は今や行方不明になっている。
今回もそうなってしまうのだろうというのが柏木の正直な心境だった。
しかし春子は、笑顔を浮かべるとこう言った。
「思い出にするんです」
「……思い出?」
その発言に、柏木の頭上にはすぐさまはてなマークが浮かんだ。
言葉が足りてなかったと分かった春子は慌てて付け加える。
「栞にしようかなぁと思って。そうすれば、今日の思い出が一生残るでしょう?」
そう聞いてやっと、柏木は深く頷いた。
ソファに腰を沈めながら春子はつづけた。
「何十年も経って私と修さんがおばあちゃんおじいちゃんになっても、栞を見て思い出せたら良いなぁ……って」
喋っているうちに恥ずかしくなったのか、春子は少し頬が赤い。
そんな彼女を、柏木は心から愛しく思った。
なるほど、読書好きの彼女ならではの考えだと。
「……」
「栞の作り方、教えてくれないか?」
えっ、と顔を上げた春子の頭に、柏木はそっと手を置いた。
「一緒に作るんだろう?思い出」
*
目にした記憶は、いくら美しいものであっても印象深いものであっても、時が経過するとともにどうしても褪せてきてしまう。
それを忘れないために人は、写真を撮ってアルバムに収めたり、ものを買ったり作ったりして形に残すのだろう。
そうすることで、それを見るだけでその時の思い出が事細かに蘇るからだ。
そして今日、貴方の手の温もりの中で一緒にみた楓はとても美しかった。
それでも思ったの。
いつかはかすれて消えてしまうかもしれない。
貴方の笑顔も、色褪せてしまうかもしれない。
だから形に残そうと思ったの。
貴方と見る思い出が、何十年経っても美しいまま思い起こせるように。
貴方がいなくなった今でも、貴方の温もりを思い出せるように。
貴方と見る楓
楓の花言葉:大切な思い出