龍が如く 短編
□臆病者
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照りつける太陽が熱い。俺は、スイカを手にあさがおへ向かっていた。
道路や景色を見ると陽炎が揺れているし、空には真っ白な入道雲が浮かんでいるのがわかる。
あさがお前の道を歩いて
いると既に楽しげな子供の声が聞こえてきた。
「あー力也兄ちゃん!!力也兄ちゃんも一緒にやろーぜ!」
石垣の入口から飛び出してきた太一はとても楽しそうで、何故かびしょびしょだった。
「なんでお前……こんなに──」
「太一くーん!!こっちは反則だよっ」
「うわぁあっ!!……ちょっ…!!」
状況が飲み込めないまま、また別の声が聞こえてきた。
俺はその声に胸を高鳴らせたがその姿は見えず、ホースの水が物凄い勢いで太一にかかった。
太一は顔を背けているが、服は水が滴るほどかかっている。
「姉ちゃんタンマタンマ!!力也兄ちゃんが来たんだよ!!」
「え?」
太一が叫ぶとようやく水が止まり、麦わら帽子を被った女が顔を出した。
それは俺もよく知っている顔で、一気に頬が強張った気がした。
「力也さん!こんにちは」
春子は軽く会釈をすると、すぐに明るい笑顔を俺に向けた。そんな春子に俺は、視線を逸らしたりパンチパーマを掻きむしったりして気分を紛らしていた。
我ながら情けねぇと思うが。
「うわぁ、でっかいスイカだ!」
度を越した『水遊び』が中断されると、たちまち子供達が様子を見に来た。
そして俺の抱えているスイカに駆け寄り子供らしくはしゃいでいる。
俺はその様子をにこにこと見ている春子を盗み見た。
……ぁあ?ーー……可愛いに決まってんだろ。
そんな春子の印象は、誰が見ても「人が良さそう」と思うだろう。
「本当に、立派なスイカですねぇ」
スイカを見た春子は目をまんまるにして驚いたみたいだった。
なんだか自分自身を誉められた気がして、得意げになる俺はきっとバカなんだと思う。
「だろ?これ皆で食べようかなぁっ……て、思ってさ──おい、そんなに叩くな……!」
『中身が詰まっている』と口々に言い、挙(こぞ)ってスイカを叩くガキ共を軽く嗜めた。
「ふふ、じゃあ……これ、早い内に冷やしておきますねっ」
重いスイカをよいしょと持ち上げ、春子は顔を上げ嬉しそうに言った。
不意打ちを食らった俺は反応できないまま、家に入って行く春子の背中を眺めて頭がぼうっとするのはきっと夏のせいだと自分に言い聞かせた。
*
はじめまして。春子と申します。
私が"あさがお"に来てからだいぶ月日が経ちました。
というのも、家事面倒を見るかわりに居住ませてもらってるというだけなんですけどね。
私はもともと子供が好きでして、お仕事も子供と触れあうものが良いと思ってなんとなくイメージで沖縄に来ました。
そうしてなんとなくふらふらと歩いていたら、このあさがおに辿り着いたわけなのです。
子供達が浜辺で楽しげに遊んでいるところを見て、そしてここが大人の男性が一人でやっている養護施設なんだと知って、是非ここで働きたいと思いました。
最初は、『一人でも充分』と断られてしまいましたが、なんとか交渉の末OKをもらうことができました。
……と、少し長くなってしまいましたが、私がここに来た理由は大体こんな感じです。
桐生さんはコワモテだけれどとても優しい方ですし、一番上の遥ちゃんは小学生とは思えない程しっかりしています。
他の子供達も皆良い子なんですよ。
「なぁ春子」
「はい?」
縁側に腰をかけた力也さんは、海で子供達と遊んでいる(魚を捕っているのかもしれません)桐生さんを眺めながら私を呼びました。
力也さんは桐生さんのお知り合いの方で、桐生さんをとても尊敬しているみたいなんです。
私より年上ということもあってか、私を妹の様に可愛がってくれます。
「花火好きか?」
唐突な質問に戸惑う私。
力也さんはちらっと私の様子を伺っているみたいです。
「は、はい。好きですよ」
「そっか。……あのさ」
そう言ったきり言葉を繋げない力也さん。
何かを言いたそうな顔をして私を見上げたので、
明らかにいつもとは違う様子に私も食べ終えられたスイカのお皿を一旦置いて力也さんの横に座りました。
「よかったら今度、行かねぇか?」
「え?」
「花火大会。」
慌てた様子でそう付け加えた力也さんの顔は大真面目。
少年の様にキラキラとした目で見られると、なんというか照れてしまいます。
「わあ、良いですね花火大会! 子供達もきっと喜びます〜」
子供達の楽しそうにはしゃぐ笑顔が目に浮かんで、思わず頬が緩んでしまいました。
桐生さんは忙しそうだから、力也さんや幹夫さんが一緒にいてくれたら、楽しいんだろうなぁ…ーー
「いや、今回は、その」
パチン、と泡が弾けたように意識が戻ると、力也さんは更に何か言いたげな顔で戸惑っていて、
「俺と二人で」
申し訳無さそうに出てきた言葉の意味を、私は一瞬理解できませんでした。
力也さんと、花火大会……??
「いや、子供達の方は、幹夫に頼むから。……ほら、たまにはゆっくりしたいだろ?」
「り、力也さんと……二人だけ……」
一人そう呟いてみると、こだまするように言葉が脳に染みた感じがして胸がいっぱいになりました。
「たまには、良いかもですね」
大好きな人と二人で花火を観に行けるのは、素直に嬉しい事です。
あぁ、なんだか顔が熱い。
嬉しくて頬が緩むのはまだしも、顔が熱くなるなんて初耳です……
熱い頬を冷ますように、私は頬に手を当てていました。
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