物語
□噂の幽霊?
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「ねぇ名前ちゃんー。最近宮殿で幽霊が出るっていう噂ー!」
「は、はい?」
ピスティさんに突然話しかけられたと思えばいきなりそんなことを言いだした。
「しーかーもー!名前ちゃんが働く白羊塔に!夜遅い時間帯…ヒタヒタと歩く音が聞こえるんだってー!」
「そんな。幽霊だなんて…。それって誰か不審者でも侵入してるんじゃ?」
それもそれで怖い話だが、幽霊なんて信じられなかった。何しろ私は霊感など皆無で今までに不可思議な経験もあったわけではない。幽霊は物語だけのものだと思っている。
「それがね!ちゃんと兵士達に調べさせたらしいんだけど、特に盗まれた様子も無し、侵入した後も無し…なんだって!もしかしたら残業とかで残ってたら会えるかもよ?幽霊に!」
「変なこと言わないでくださいよー」
その時はハハハ…と笑い適当に誤魔化していた。ピスティさんも一緒に笑ってくれて、ほのぼのとした雰囲気。しかしピスティさんと別れた後、何となく寒気がしたような。そんな気がした。
「……」
なんだろう。シンドリアは南海にある島国。寒さなど縁がないというのに。
では、このひんやりとした空気は何なのだろう。
「…ははは、まさか」
幽霊なんて、いるわけないよね?
そう言い聞かせ、私は仕事場である白羊塔へ向かった。
****
「名前さん。ではお先に失礼します」
「はい、お疲れ様です」
私は白羊塔内にある、執務室の副責任者。ジャーファルさんの一番部下、といえば分かりやすいだろうか。
この日はジャーファルさんは別室で書類を整理するらしく私が最後まで残ることになっていた。
徐々に減っていく部下達。静かになる執務室。
ついに最後の一人となった時、ピスティさんに言われたことを思い出してしまった。
そして、白羊塔に入る前の嫌なひんやり感も。
「……」
幽霊なんて、いるはずがない。
「さて…早くこの書類をまとめないと」
仕事はあと少しで終わるところだ。
これさえ終われば私は自由の身になる。
ヒタ……
「ひ!?」
今、廊下から足音が聞こえた。
ヒタヒタ……
しかも段々と音は大きくなる。
ヒタヒタヒタ……
「い!?」
誰だ!?
もしかして、ピスティさんが言っていたアレなのか!?
反射的に立ち上がる。
ぞわっと、変な汗が止まらなくなった。
ヒタヒタと音が近づくにつれ私の鼓動も速くなる。
ヒタヒタヒタ……!!
「いゃああぁあぁぁああ!!!!」
ついに部屋の前まで足音が聞こえたとき、私はパニックになっていた。恐怖に侵され、近くの書類やらコップやら何でも入口に投げつける。
すると「いてっ」と、誰かの声がした。
「ちょ、名前!?なんなんですか!」
「え、あ、え?」
そこには上司であるジャーファルさんがいた。
あれ、なんでいるの。
「ジャーファルさん…?ですよね?」
「当たり前です!…どうしたんですか、徹夜のせいで頭がいかれたんですか?」
「ち、違いますよ…あぁ、でもよかった」
あのヒタヒタという足音の正体はジャーファルさんだったのだと。
そう思うと安心してしまった。その場にヘロヘロとしゃがみこむ。
とりあえず、一から全部ジャーファルさんに説明することにした。
「ヒタヒタ…?」
「はい。でもジャーファルさんだったのでよかったです本当に」
「私の足音はそんな音しませんよ?」
「は」
「聴いてみてください、ほら」
ジャーファルさんはその場で足踏みをする。
カツカツ……
…ん?
「え」
「私はパンプスのようなものを履いていますから、ヒタヒタ、という足音は出ません」
「ええ…?」
でも、聞こえたのはヒタヒタ。
ということは、あの足音はジャーファルさんじゃない…?
そう思った途端、また変な汗が背中から出てきた。
「じ、じゃ、じゃー!ジャーファルさんっ!一緒に!一緒に白羊塔から出ましょう!帰りましょう!」
「落ち着いてください名前!私はまだ仕事が」
「仕事は明日私も手伝いますから!今日は帰りましょう!ね!ね!」
「…わかりましたよ」
ジャーファルさんが溜め息をつく。半分呆れているのだろう。
とりあえず投げた書類やコップは元の場所へ戻し、二人でいそいそと部屋を出ることになった。
ジャーファルさんとなら安心だ。何せ彼は八人将。それにジャーファルさんなら幽霊が出ても何とかしてくれそうだ。
「ど、どんなことがあっても…私の隣にいてください。離れないでくださいね」
「…なんだかプロポーズされた気分ですね」
いやいや私は今そんな余裕ないですとばかりに首を横に振る。ジャーファルさんも冗談だったらしくフッと軽く笑うと二人でくっつきながら白羊塔を後にした。
*****
問題の白羊塔から無事出ることができた。何事もなく、ヒタヒタという足音すら聞こえない。
やはり私の聞きまちがえだったのかもしれない。
私は安心しきっていた。
「ふう……」
「そろそろ離れてくださいー名前」
「えー」
夜の廊下を未だにくっつきながら歩く私達。傍から見ればバカップルのようにも見れるだろう。
ヒタヒタ……
「なっ」
「!?」
ヒタヒタヒタ……
また聞こえた。ヒタヒタという怪しい足音。
でもさっき聞いたのより少々重みを感じた。
ジャーファルさんを見ると、彼も顔が引き攣っている。今度はジャーファルさんにも聞こえたのだろう。
「ジャーファルさん」
「しっ……」
黙ってください。と言いたいのか。私の口に自らの手を当て喋れないようにされる。
「……緑射塔?」
どうやらジャーファルさんの耳には緑射塔へ向かったように聞こえたようだ。
緑射塔といえば食客達の住居施設。食堂とかもついていたような。
「…行きましょう」
「へ!?」
「…新手の侵入者かもしれません。緑射塔には食堂もあります。…食べ物目当てでもおかしくありませんから」
「いや!いやだ!いいい行きたくないですよ!」
「では名前とはここでお別れですね」
「いやー!」
…結局私は一人で自室に戻ることもできず、ジャーファルさんについていく事にした。
*****
食堂。そこはとてつもなくひんやりとしていた。理由は簡単だ。食品が腐らないために魔法を使って冷房をきかせているからだ。だから先程のような変な寒気ではない。しかしひんやりとして不気味なのは変わらなかった。
「……いる」
「え」
「食堂の、奥の部屋。食べ物が蓄えられてる部屋でしょうか。人の気配を感じます」
「え、ええ…?」
「名前はここにいてください。大丈夫です、多分幽霊ではないでしょう」
「そんな、私を一人にしないでよぉ…!」
コソコソとジャーファルさんの後に続く。
付いてくるなと目線で訴えられたがお構いなしだ。
武器を構えるジャーファルさん。その後ろで近くにあった箒を抱える私。
さあ、幽霊でもなんでも出てきなさい!
「いきますよ!」
ジャーファルさんが部屋の扉を開き、私達は同時に入り込んだ。
「待て!待て待て待て…!!」
「…はぁ?」
そこにあった人影。
あの紫色の長髪。濃い眉毛。
間違えなどありえない。
その正体はこの国の国王。…七海の覇王、シンドバッド王だった。
「シン!何で貴方がここにいるんですか!」
「…小腹がすいてな。部屋に何も無かったのでここに来たんだ」
「…はぁ。もー、驚かせないでくださいよ我が王よ……」
「すまん、すまん、はははは!」
高らかに笑い出す王。
そんな王を内心馬鹿だなと思いながら私はホッと肩を下ろす。
王はどうやら裸足のようだ。
裸足でシンドリア王宮の廊下を歩けば、ヒタヒタと音が鳴るだろう。
ともあれ、ヒタヒタ幽霊の正体がわかったのだ。
ああ、安心した。
「あー本当によかったー」
「ん?何がだ?」
「いやー、ヒタヒターっていう足音の正体が王でよかったなーと思ったのです。幽霊だろうが侵入者だろうが」
「そうだな」
「でも、なんでわざわざ白羊塔に来たんです?ジャーファルさんがいないことを確認しに?」
王の部屋は紫獅塔。白羊塔など通らなくても緑射塔に行けるのだ。
わざわざ来たということは何か意味があるに違いないと私は思った。
「何のことだ?俺は白羊塔に行った覚えはないぞ?」
「え」
背筋が凍る。
「行くはずないじゃないか、何を言ってるんだ名前は」
「え、え」
そんなはず。ないだろう?
確かにヒタヒタと聞こえた。最初はジャーファルさんかと思ったけど、違って。そしたら王しかいないと、そう思って。
あれ?そう言えばピスティさんは何て言ってたっけ?
…白羊塔に出るって言ってた。
つまり、白羊塔から出た時に聞こえたヒタヒタという音は王の足音だけれども。
白羊塔で聞こえたあの足音は
いったい、誰の足音なの?
「…」
「?どうした名前」
「あ……」
もう駄目だ。
倒れそうだ。
…やっぱり幽霊だったのかな。
…それとも、残業のせいなのかな。
「ちょ、名前!!!」
それから景色がクルクルと周り、この日の私の意識はここで終わった。
***
「まさか本当に騙されるとはな」
「それね!本当に!」
白羊塔の隅。金髪の少女と銀髪の青年がほくそ笑んでいた。
ピスティとシャルルカンである。
「私が裸足になってヒタヒタ…って音を立てただけなのに幽霊って信じたね」
「俺の作戦は大成功だな」
「うん!うふふ!」
「まぁ、噂は本当なだけあってリアリティあったな」
「え?」
「ん?知らなかったのか?あれは本当の噂だぞ?」
「ふーん、そうなんだ…」
「なんだ?怖くなっちまったか?」
「べ、別に!?」
ヒタヒタ…
「ちょ、ピスティ。もう足音立てなくていいから」
「何言ってるのよ、私動いてないでしょ?」
「え」
ヒタヒタヒタヒタ
「え」
「嘘…でしょ」
ヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタ
「「……………」」
ヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタ
「「ぎゃああああああああ!!!!」」
この夜、二人が見たものは一体何だったのか。
教えてくれることは無かった。